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雪形と渡り鳥

蒼い靄(もや)に包まれて
夜(よ)が明けてゆく
雫のピアスを纏(まと)い
深緑が黄金色に輝く

高く響き渡る郭公(カッコウ)の声に微笑み
低く響く山鳩の呟きに
「やぁ、おはよう」と声を掛ける

靄(もや)が溶けていくにつれて
澄み切った青空が広がっていく

農夫が今日も顔を上げて
遠くに望む雪山に
駒(こま)の雪形(ゆきがた)を探す

田植えの時を待ち侘びて
畦塗(あぜぬ)りをして整え、代(しろ)かきをし
水口(みなくち)の関(せき)を開け、水を張る

丁寧でリズムの良い仕事は
見ていて気持ちの良いものだ

木陰に腰掛けて、のんびりした世界を眺める

水面(みなも)に新緑と雪山が揺れる

この水鏡(みずかがみ)の世界は
まだ田植えをしていない今だけのお楽しみだ

あれ?この声は…
見つけた!

少し離れた木の枝に
赤橙(あかだいだい)の着物と
濡羽色(ぬればいろ)の紋付羽織(もんつきはおり)

「やっぱり。ジョビ夫さんじゃないか。
何をしているんだい?
君のお仲間はもうとっくに大陸へ渡って行ったろう?
恋の季節がはじまるよ。
旅の支度ができたなら、早く行きなね。
きっとみんな、待ってると思うよ。」

首を傾げて聞いていた彼は
軽快な羽音を立てて羽ばたいていった

風を切ってやってきたのはツバメたち
「やぁ、いらっしゃい。今年も来てくれたんだね。」

歌の名手たちが高らかに恋の歌を歌う
多彩なさえずりを聴きながら、また歩き出す

「夏も近づく八十八夜…。」

目に眩しい新緑がそよと揺れて
冷たさの残る風が頬をさわりと撫でていった

「うん、いいね。気持ちいい。」

今年も、夏を連れてきたよ



おしまい

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補足
朗読されるとき、『茶摘み』の歌詞部分は歌っても朗読しても構いません。

植えたばかりの田んぼに映る山陰と夕焼け

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