表紙02

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色のない地に、私たちは立っていた。

──ああ、負けたのか。

湖に一滴の雫が落ち、波紋が広がるように私の心にそんな言葉が浮かんだ。
冷たく、硬直し、もう声を発することも、もちろん笑うこともなくなった5人の友人たち。
ただ四角いだけの灰色の世界の中、溜息が漏れた。
傷だらけの身体は、本来なら赤く染まって見えただろうに、どうしたことか何の色も、そこにはない。
すでに乾いているからなのか、あの鉄が錆びたような独特の匂いもしなかった。
そして、その身体の前には、同じく灰色だけで塗られた友人たちの心が、自分たちの身体を私と同様見下ろしている。

「あー……結構ぼっろぼろ」
「まぁ、頑張ったんだけどねぇ」
「仕方ないっちゃ仕方ないか」
「次頑張ればいいって、次」

思いの外明るい彼らの声に、少し笑った。
けれど、どうしてだろう。
共に戦ったはずなのに、私の身体はそこにはなかった。
5つの身体の横に、何故、私と彼の身体だけが、ない?
友人のひとりに声を掛けようとした時、私よりも先に彼女がこちらを向いた。

「あんたは……見ない方がいいと思う」
「え?」

何のことかわからずに、私は彼女の顔をじっと見つめた。
彼女は私の疑問の浮かんだ目から逃げるように、視線をさっと伏せる。
地下の部屋。
ここにはない私と彼の身体。
見ない方がいいと言う友人の言葉。
いくつかの事実を繋ぎ合わせて、私はひとつの結論に至った。

──私たちは、もう戻れない。

5人の愛すべき友人たちはきっと知っているのだ、それを。
私と彼だけが、もう二度と戻れないところまで持っていかれてしまったということを。

「いや、でも見ておこうと思うよ」
「でも……」
「……自分の身体くらい自分で見てあげないと、寂しいから?」

ね、と横にいる彼に同意を求めると、彼も静かな瞳のまま頷いた。
本当は、見るのが怖かった。
どれほど、傷ついて壊れてしまったのか。
私たちの身体は、もう見るに堪えないほど醜いものに成り果ててしまったのかもしれない。
それでも。

──見なければ、いけない。

現実から逃げても、その先を私たちは知らない。
私は彼と共に地上へと続くエレベーターに乗り込んだ。
今までの灰色の世界が嘘のように、一転して溢れ出す色、色、色の洪水。
本来なら、美しいと思えたはずの色たちはけれど、その景観がために美しさを失っていた。
街は、廃墟と化していた。
荷台の上に自分の身体を乗せて悲壮な顔をして歩く街人と目が合う。
へへ、と照れたように笑ったその人は、きっとまだやり直せる地点にいるのだろう。
不思議と羨ましいとは思わなかった。
彼と肩を並べ、私たちは自分の身体を探した。
崩れた瓦礫の間を歩いて数十分経った頃、ソレ、は見つかった。
瓦礫の隙間から覗いていたのは灰色の制服、プリーツのスカートから出た血塗れの、かつては足だったもの。
火傷なのか、腐敗なのか、それはもう凝視するに堪えない代物だった。
その隣には、同じく灰色の制服のズボンに包まれた足が転がっている。
たぶん、彼の。
幸運にも、と言うべきか、足から上は瓦礫に隠れて何も見えなかった。

「……見る?」

低く、問う。
私は今、この色ある世界を憎んでいた。
先ほどまでいた灰色のみの世界の方が、どれだけ衝撃を和らげることができたか。
ごくり、と唾が鳴った。
私たちは同時に一歩、足を前に出す。

──もう、帰れない。


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