甘さひかえめ

「なぁ~こういうの、やめない?」
「やめません」
「けどさ~そろそろいいんじゃないかなって思っちゃったりしちゃったりするわけで……はい、すみませんでした」

ひと睨みするだけでピシッと敬礼の体勢を取った幼馴染み兼恋人に満足げに笑みを向けると、またすぐに溜息が返される。
もちろん、それはきれいに無視して彼の前に大きなホールケーキ(それも今が旬のイチゴがたっぷり!)を置いた。
ロウソクはどうしますかと店員さんに聞かれて、そういうんじゃないんですと断ったら変な顔をされたけど、やっぱりケーキにロウソクを立てるのは誕生日の特権だと思う。
だから、今日はロウソクはなし。

「でもさ~これで何年目よ?」
「8年目」
「さすがに飽きない?」
「飽きません」
「カヤさんは気が長いというか頑固というか強情というか……はい、すみません」

彼は大げさに眉を下げ、降参のポーズを取る。
どう文句を言われたって、大切な日だからやめようとは思わない。
彼にとっては違うのかもしれないけど。

「はい、じゃあここ座って」
「は~い」
「……ただ座るだけでよろしい。その手をどけて」
「え~? 8年も付き合ってるのに~」
「いいから早く」
「はいは~い。まあ、怖くて触れないけどね」

引っ込められた手を追って、ほんの少しだけ後悔した。
触るぐらい許してあげればいいのかなと頭を過ぎったけど、やっぱり怖いから気づかないふりをする。

「それじゃあ、いただきます」
「はい、召し上がれ~」

5号サイズのホールケーキをカットせず、豪快にフォークを突き刺した。
このお店のケーキを初めて食べたのは、彼と初めて恋人になって過ごした誕生日だ。
生クリームは甘さ控えめで、でも優しい味がする。今も変わらない。

「美味しい?」
「うん」
「今年は何日で食べ切れそう?」
「3日くらい」
「わ~お」

苺にフォークを突き刺すと、薄赤の液体が白いケーキにじわりと広がった。
それはあまり見ていて気持ちのいいものじゃなくて、スポンジの土台ごと口に放り込む。
品種改良されて甘いだけにされた苺とは違い、ちゃんとすっぱい苺の味がした。生クリームと一緒に食べればやっぱり甘さ控えめになる。

「……美味しい?」
「うん」
「なら、泣かないでよ」

困ったような声で言われて、横を見る。

「拭いてあげたくてもさ、できないから」
「うん」
「だから、泣かないで」
「うん」
「もう充分だから……カヤさんは新しい人見つけていいんだよ?」
「……ううん」

毎年、ひとりでホールケーキを食べてお腹を壊す日。
──今年で8回目の彼の命日。

「泣いたのは甘すぎるから。ただそれだけ」
「ここの、甘さ控えめじゃなかった?」
「甘すぎるの」
「カヤさんは強情だな~」

零れる涙を受けてくれようとした彼の手を、涙はするりと触れずに落ちた。


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