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あたたかな日差しの差し込むリビングで横になると、窓から見える太陽が少し眩しい。
それでもうっそりとした眠気に誘われて無理矢理眠ろうとすると、ふわりと風が室内に入り髪を撫でていった。
家族の誰かが窓を開けたのだとわかっても、眠くてまぶたは開かない。
うとうとと、世界で一番落ち着く匂いのする空間で眠ろうとしていると、

「あんた、また寝てんの?」

という遠慮の欠片も何もない母の声がした。

「そんなに寝てばっかいると目が溶けるよ」

言っていることは無茶苦茶だけれど、母は寝転がる私の上に太陽の匂いのする毛布をかけてくれる。
いつもと変わらない、幸せな時間。
ああ、でも何かおかしい。
──母は、この家にいたのだっけ?

急速に頭が働き始める。
まだ目覚めたくないと思うのに、私の意識は水に沈められたボールが浮いていくように急速に浮上する。

薄暗い夕方のリビング。
窓から差し込む光は弱まり、夜の訪れを予感させた。
開け放したままの窓から入ってくる風も冷たい。
目覚めたばかりの目で室内を見渡しても、誰もいなかった。母も。
当たり前だ。実家はかなり昔に出た。
母がこの家で、洗濯をしたり小言を言ったりすることはだからない。
それでも、私は夢に見る。
母が、恋しいのだろうか。
この年になって?
自分で自分を笑いながら、私はまた目を閉じた。
誰もいない部屋で起きたい気分じゃなかった。
だから、カーテンも閉めないままにまた眠りに落ちる。
するとすぐに、

「また寝ちゃったの?」

と優しく頭を撫でる手。
それは母のものではなくて、私が選んだ新しい家族の手だ。
今はまだ、外の世界にいるはずのその人がどうして家にいるのかと首を傾げた。
それを見て、ちょっとだけ困ったように笑う。

「帰ってきちゃった」

会社はさぼったら駄目だと思うけど、もう帰ってきてしまっているなら仕方ない。
それ以上に、完全な夜になってしまう前に帰ってきてくれたことが嬉しかった。

「怒られない?」
「怒られるかも」
「平気なの?」
「んー……それは明日考える」

私は寝転がったまま、腕の中に抱き込まれるに任せて目を閉じる。
またゆっくりと眠気がやってきて、髪に口づけを落とされた感覚を最後に眠りについた。

目が覚めると部屋の中は真っ暗で、冷たい風に身震いをした。
部屋には、誰も帰ってきていない。
明かりのついていない部屋は淋しく、静か。
なんだ、帰ってきていない。
あんなにリアルに手のぬくもりを感じたのに。
私はひとりでは広すぎる家の中、部屋に明かりをつけて回る。
玄関の明かりをつけて、ここは人が帰ってくる家なのだと主張する。
明かりを一通りつけ終わると、足にふわりと柔らかいものが触れた。
猫だ。
その頭を撫で、ふと思う。
一日中よく眠る猫も、誰かの帰りを夢見たりするのだろうか。

「また、寝てたの?」

猫はただ、私の足にまとわりついて目を細めた。


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