『ミューズの真髄』感想
どういう人生がいい人生かと言われると、しょうもないことで笑える人生が一番いい人生じゃないかと最近よく思います。
『ミューズの真髄』は、高校三年生のころに美大受験に落ち、その後は母が期待する通りの人生を送ってきた高卒OL・美優が、ある時白紙のキャンバスを片手に家を飛び出し人生をリスタートする…遅れてきたジュブナイル・ストーリー(?)です。
人は多かれ少なかれ・プラスマイナスの違いはあれど、他人の期待に対しての反応で生きているという側面があると思います。好かれたい評価されたい認めてほしい、逆に喧嘩を売りたいでもいいかもしれません。そういう意味では、美優は他人(特に母親)の期待に応えることと、生きることが完全一致してる。しかし、他人に言われたことをひたすらに実行し続ける人生というのは、自分のものと言えるのか、「自分の人生の偽物」なんじゃないか…そんな感情が爆発して、美優は家を飛び出します。(もちろん途中に色々あるわけですが)
第1話のラストで、上述の通り彼女はキャンバス片手(物理的には両手)に家を飛び出す。その時大きなキャンバスが風にあおられてぶわっと浮き上がって、そんなことに「空気抵抗でぶわって!!」と大笑いします。母親の言いなりにただ生きてきた彼女は、きっとこんなことで笑うことは絶対になかったでしょう。だからこそ、リスタートの象徴である1話のラストは、しょうもなくて愛おしいこの感情がふさわしく、彼女を応援したくなるのです。
ちなみに家を出た彼女はとりあえずビジネスホテルでちょっとの贅沢をして、家を探し始めます。なんというか、あまりにも普通というか、彼女に起きていることは「大変ではあるけど、そんなに劇的でもないこと」で、でもそんな一歩を踏み出すことが、多くの人にとってどれだけ難しいことか…。大人になって人生がルーチンになってくると、習い事一つ始めることすら劇的になってくる。中学生の自分が見たらすこぶるガッカリすること必至です。
そんな感じで、ちょっとダメな自分の人生を頼りない力で支えようとしてくれる、不思議な魅力のある作品です。
▽第1話はこちら
ダウナーな気持ちになりたい人は著者前作の『呪いと性春』がおすすめ。
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