鯨の夢
広い空の端っこに独りぼっちの鯨が住んでいました。今日も大きなからだで、寂しい空を泳いでいます。
その夜、人の声が空に届きました。繊細でひどく美しい、でもどこか悲しげな人の声が聴こえました。
彼は歌いました。
”遠いどこかに行ってしまいたい”
彼は哀願しました。
”心なんて掻き出してしまいたい”
彼は呟きました。
”誰か僕の歌を聴いておくれよ、寂しいよ”
彼は嗚咽にさえなりきれない声を喉の奥に押し込みました。
これを聴いた鯨は悲しい気持ちになりました。独りぼっちが寂しいことを鯨はよく知っています。
どれだけ泣いてもその涙を拭ってくれる誰かがいない寂しさを、鯨は知っています。
どれだけ嘆いても背中をさすってくれる誰かがいない虚しさを、鯨は知っています。
継ぎ接ぎの心の隙間から、なんとか抑えていた何かが溢れ出たときの苦しみを鯨は知っています。
「ようし」
鯨は歌います。
”僕が君に遠い国の夢を見せてあげるよ”
鯨は笑います。
”苦しい感情は僕と半分こにして食べてしまえばいいさ”
鯨は彼に伝えます。
”僕も歌うよ、君の孤独が冷めるまで”
少年はこの声にハッとしました。泣いてるうちに疲れて眠ってしまっていたようです。
なんとなく、閉め切ったカーテンをめいいっぱい広げて空を見上げました。
そこには夜空を埋め尽くさんばかりの星と、鯨の形をした大きな雲が浮かんでいました。