奇しくもその時『ライン』に通知が来た!!

『ユートロニカのこちら側』 小川 哲著 ハヤカワ文庫JA

noteのタイムランを読んでいたら、『【新入生のみなさんへ】「二十歳のときに、ある壮大な計画を立てた。大学の生協に置いてある岩波文庫をすべて読破しようというものだった。」』という文章が目に入った。すぐにどんな人だろうと興味をもつ。読んでみたら、ハヤカワSFコンテストで大賞をとったすごい作家さんの文章だった。大業を成し遂げる人は、若い時から志が違うものだと妙に納得する。

入江哲郎さんの解説によると「ユートロニカ」とは、「ユートピア」と「エレクトロニカ」を組み合わせた造語らしい。トイレと寝室以外の生活のすべてを個人情報として価値づけ(私は、これ以外にどう表現すればいいか、実はまだよくわかっていない)、それを売り渡すことによって労働をせずに生活できる街「アガスティアリゾート」。生活のすべての情報を売り渡すということの見返りとして、安全で快適な生活が保障された街。その街で生活するには、多くのクリア条件があり、社会生活を営む上で害がなく有益だと認められた、選ばれた人間しか居住はできない。

判断はすべて「サーバァント」と呼ばれる情報管理AIにまかせる時代。人々は常にその端末を身につけ生活する。

何人かの登場人物がいくつかの章ごとに描かれるが、感情は、どうしたって、この街に距離を置こうとする人物に寄りがちである。多分「読むという行為は、「こちら側」に立っているから。

でもふと考える。現実生活では、本当に「こちら側」に立っているのだろうか。

政府が、消費税を10パーセントに引き上げたと同時に行った、現金以外の支払いでポイントが還元される政策により、私は家族の中で誰よりも現金を使わない生活になった。家計簿アプリも使い、アプリに登録していない口座を「へそくり」と呼んでいる。

読書のほとんどは「キンドル」を利用し、アマゾンがおすすめする作品を結構気に入って読んでいる。

スマートフォンなどなかった20代。酔いつぶれて寝ているのも知らずに、待ち合わせた駅で延々と人を待ったあの時代。スマートフォンに頼り切った今の生活を想像もしていなかった。

「~だったら便利なのに。」と思っていたことが結構実現していることに改めて気づく。

それこそ、まだアナログな生活をしていた頃読んだ漫画の中でこんな場面があった。それは、本屋で本を買うことで、自分の思想信条、趣味等々、個人情報が筒抜けになると主人公が心配する場面。

私の個人情報ななんてそうそう価値はないし、たかが知れているといつも思うのだが。

『攻殻機動隊』というアニメを見ながら、家族と「電脳化社会になったら、電脳化するか」という話になったことがある。その迷い。便利になることと引き換えに、何を失うのか。

解説の入江哲郎さんが指摘するように、私はこの小説をまさに今の生活の『地続き』として読んだ。

気づかないうちに生活は変革されている。大きな流れには逆らえない。

厚生労働省からラインの通知が来る。

この本を読んでいるまさにその時。

迷ったけれど、今回は返答してみた。ツイッターでは、批判している人が多かったけど。いったいどのくらいの人が返答したのだろう。

・・・・・・

書きかけた記事を放っておいたら、ラインの調査はすでに3回も行われていた。1回目の調査では、デジタルアンケートの回答数としては、『歴史的』な数字だったという。

新型コロナウイルスの蔓延によって、スマートフォンアプリを使った様々な調査や追跡が試みられようとしている。『便利』ということではなく、『安全』のために吸い上げられようとしている個人情報。現実は、待ったなしに『プライベート』という枠組みをなし崩しにしようとしている。

『こちら側』に居続けることは可能なのだろうか。

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