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キャロットラペの思い出

美しい同僚のお姉さんがいた。

色が白く薄顔の美人で、黒木華によく似ていた。バレエをやってらしたので姿勢が良くて立ち姿がすらりと綺麗で、ちょっとクール。美意識というか感性がしっかりしてて「素敵だなあ」と思わせてくれる人だった。

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そんな彼女に、どうしたわけか自宅にお招きいただいたことがある。(当時の同僚に話したらどよめいた)

住んでいたのは中目黒の2DK。
最初に聞いたときはわたしと同じお給料でそんな好条件の物件に住めるの!?とびっくりした。美しい人はきっと美しいマンションに住んでいらっしゃるに違いないと、勝手に築浅のこじゃれたマンションを想像した。

当日待ち合わせ駅から彼女の後ろをぴょこぴょこついて行く。するとたどりついたのは、小さな古い灰色の雑居ビル。彼女のイメージとは正反対のゴツゴツした印象の建物だった。

が、玄関を開けてもらった瞬間、納得がいった。

外観から想像できないくらい、澄んだ心地よい空気。
ドアを開けて目の前はキッチン兼台所。4畳程度の小さな空間に、アンティークのソファとテーブルが窓辺にぎゅっと置いてあって、まるで秘密の屋根裏部屋みたいだった。古い室内なのに、グレーと生成りで統一されたインテリアやファブリックがセンスよく、窓辺いっぱいに並んだハーブの鉢植が部屋の印象を和らげていた。

「みてみて」と悪戯っぽく見せてもらったお風呂場は、なんと銀色の浴槽とタイル張り。彼女のイメージとはまるで正反対だったのだけど、お風呂場の窓から明るい日差しが差している風景と「古いけど、広くてきもちいいんだよね」という彼女の言葉で、一気に「すてき」という気持ちになれた。

なんていうか、パリのアパルトマンみたいですね!と伝えると、実はパリで留学してそのまましばらくの間働いていたんだと教えてもらった。

“何をしてたんですか?”

“お針子さんだよ”

「お針子さん」という言葉がまた異国の物語のようで、きゅんとした。

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この日のお呼ばれにあたり、ランチのリクエストをさせてもらってた。
「野菜がいっぱい食べたい」と言ったわたしのために、お姉さんはたくさんのヘルシー料理を作ってくれた。

その中で、だんとつに記憶に残ってるのが「キャロットラペ」。
ニンジンだけでこんなにおいしくなるの!?と目を見開いた。

シャンパンをあけて、手作りの料理でひとしきりおしゃべり。
古い雑居ビルの3階が、なんだかパリのカフェの一角みたいだった。

シンプルな素材を、素朴に、でも自分流の味付けで素敵にアレンジする。キャロットラペを味わいながら、このお姉さんはほんとにすてきな生き方の人だなあと思った。

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それから何年か経つけれど、あのときの記憶の味を頼りに、キャロットラペを作る。そのときに思い出すのは、あの日、中目黒の雑居ビルの窓辺から見た空やハーブの緑だ。

わたしにとってのキャロットラペは、美しい立ち姿のあのお姉さん。

自分の居場所を心地よい空間にするセンス。
ハーブのある窓辺。心地よく通りぬける風。
シャンパンを傾けるちょっと贅沢なおだやかな昼下がり。

キャロットラペを作ると、なんだか背筋が伸びるし、おいしい!と天をあおぐとそんなことを思い出す。

すらりと姿勢の良いあの後ろ姿は、自分の心地よい暮らしや、生きるスタイルをもう知っていたんだろう。

陽の光の差し込む、風の通るリビング。窓の外でゆらめく庭の草花、お気に入りの本と、だいじな人。ほんの少しずつだけど、わたしも、愛おしいものに囲まれた居場所を作りつつある。

美しくありたい。世界を慈しみ、自分の世界も大事にする、そんな生き方でありたい。キャロットラペを作るたびにそう思うのだ。

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