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短編

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短編小説まとめです
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2019年2月の記事一覧

魔女を看取る(2011年)

「雨が降ってるのね」 女はゆっくりと言葉を選ぶようにそう呟いた。 女は細く、長い指でその頬に垂れた髪の毛を耳にかける。 私は黙って丸イスに座っていた。 雨の雫が屋根に落ちる音だけが静かな部屋に響いていた。 「どうせなら、晴れがよかったのにね」 「そうね。でも雨も好きよ」 女は綺麗に笑う。 笑ってひざの上の皿に再び手をつけた。 「ケーキって、おいしいのね」 女は物思いにふけるように目を閉じた。 そしてもう一口食べておいしい。と口の周りについたクリームを舐める。 「

あの濃淡を知りたい

あの濃淡を知りたい。 声の濃淡は知れる。 言葉の濃淡も知れる。 表情の濃淡も知れる。 あの濃淡は語られなければ知る事ができない。 キミが喋りながらメモ書きに走り書いた、意味の無い「あ」の一文字の、ひらがなの濃淡を知りたいよ。

海と金木犀

なんだかさいきんなんだかなあ。 こんな時は海に行こう。 そうして海に着くと、海辺に全身ずぶ濡れの女が立っていた。 今は4月なのに寒くないのだろうか。 私は驚いて、けれどこの時期にこれだけずぶ濡れの女と関わり合いになりたくないなと思い、なるべく目が合わないように気を配りながら女の姿が目に入らないような位置の、手近なベンチに腰掛けた。 私は海辺で海の香りを感じたかったのに、とんだ邪魔が入ったなあと思った。 すると視界の端からあの女が映った。 私の目の前を通り過ぎようとしてる

ウサギ紳士と自分アレルギー

ある日、お日様がぴかぴかでお空も澄んだ海のような日のことです。 上品なリンゴが沢山実った木の下で、これまた上品なウサギの紳士が胸を押さえてうずくまっていました。 そこへ一匹のカメのお嬢さんが通りかかったので、ウサギの紳士はカメのお嬢さんを呼び止めました。 「すみません、もし、そこの人、僕、とても動けなくて、僕、大変申し訳ないのですが、僕のカバンから薬とお水を取り出してはくれませんか。アレルギーの薬があるのです」 「まあ、それはおこまりね」 カメのお嬢さんはウサギの紳士の

いつも寝てるてる子

俺のクラスにはてる子と呼ばれてる女子がいる。 本名は花山陽菜。てる子ではない。 こいつは授業中も休み時間もずっと寝ている。 体育の授業とか、お昼ご飯とか、掃除の時間なら寝ないだろうと思うが、いつだって船をこぐ様に頭をゆらゆらさせて参加している。 「いつも寝てる子」だから「てる子」。 ここまで話をすると、「その子、虐められてないの?大丈夫なの?」と普通心配するらしい。 近所のおばちゃんにてる子の話をした時にそう言われた。 言われてみれば。と俺は思った。 ところがどっこい

希死念慮と朝日

朝の7時。 私の部屋には窓が2つある。 カーテンのかかった窓が2つある。 朝起きて直ぐにカーテンを開けるのが日課。 今日は開けない。 上半身だけ起こして、少し俯いて自分の髪先を眺めていた。 眺めた後に起き上がって、顔も洗わずに冷蔵庫へ。お気に入りのガラスコップに牛乳。パンを焼いて白い皿へ。今日はバターも塗らなくていいや。 部屋の真ん中、ガラスのローテーブルに置く。 机の上には映画のチケット、ブランド物の手帳、なんとなく買ったオシャレなポストカード。 壁にはポスター。本棚

通学路に人魚の死体落ちてた

みーんみんみん、みーんみんみん。 人魚が路上で死んでいた。 いつもの朝、通学路の途中の歩道にうつ伏せで死んでいた。 縮れたラーメンのような長い長い髪が両腕に巻きついている。 下半身は乾きかけでぱりぱりしていた。 きたないなあと俺は思った。 そのまま通り過ぎようとしたけど、そういえば今日の一限目は算数だ。宿題の答えは書いてない。行きたくないなあ。 そうだ、人魚の死体を埋めに行こう。先生にはこう言うんだ、「人魚の死体を埋めに行ってました。そのまま放っておくなんて、僕できなくて。