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キリストよ、安らかに眠り給え~青森県新郷村からの報告【Iwshkey Advent Calendar 12/23】
※この記事は解説動画投稿者のみなさんが集まるサーバ「イウしキー」で開催しているイベント”イウしキー Advent Calendar 2024”のために書いたものです。
それぞれの強みを生かした面白い記事が集まっているので、気になる方はぜひこちらのリンクからどうぞ!
こんばんは! 本日の記事を担当する峠の牛乳屋と申します。音声合成ソフトCeVIOを使って色んなジャンルの動画を作って……いました。
最近はあまり創作活動できていませんが、ようやく身の回りも落ち着いてきたのでそろそろ活動を再開していこうかな…というところで、本日は「イウしキーアドカレ」2本目の記事を書かせていただきました。お楽しみいただければうれしいです!
1 はじめに ~クリスマスに寄せて~
日に日に寒さも厳しくなって、気づけばもうすぐクリスマス。すっかり日本の冬の風物詩と化した感のあるクリスマスですが、元はといえばご存知のとおり、キリスト教における預言者「イエス・キリスト」の生誕を祝う日です。
イエスはキリスト教信徒の人々にとっての信仰対象であると同時に、実在した宗教家でもあります(いわゆる「史的イエス」)。
今から約2,000年前、彼は現在のイスラエル・パレスチナにあたる地域で神の教えを説いて回りました。その活動が当時のユダヤ教主流派に目を付けられ彼は処刑されてしまうわけですが、その教えは弟子たちによって世間に広められ、現在のキリスト教へと発展していった…と言われています。
とはいえ、イエスをめぐる言説には有名な「復活」のエピソードをはじめ後世の創作らしき部分も多く、実際の彼の人物像には今なお多くの“謎”が残っています。
そして時は流れ、紀元2024年夏。
その“謎”の答えを求めて、私は青森県の奥地へと向かったのでした…。
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2 キリスト伝説の村
そんなわけでやって来ました、青森県三戸郡新郷村(しんごうむら)。
青森県南東部、景勝地として有名な「十和田湖」の(正確には噴火により湖を作り出した古代・十和田火山の)東麓に位置する、人口2,000人ほどの小さな村です。
地名は1955年、元々あった「戸来(へらい)村」と「野沢村」の一部(西越地区)が合併して「新しい郷」となったことに由来。地名こそ“新”ですが歴史は古く、15世紀頃には既に集落が形成されていたようです。
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地域の中心地・八戸市からは車で約50分。都市の喧騒とは無縁の静かな山村ですが、珍スポットとして一部で有名な「キリストの墓」を要するB級観光地でもあります。
驚くべきことに、村外れの丘の上には本当に十字架の刺さった歴史のありそうなお墓があり、案内板や立派な資料館も整備されています。キリストを偲ぶ初夏の恒例行事「キリスト祭」は今年(2024年)でなんと60回目。地域の伝統民謡「ナニャドヤラ」に合わせてお墓の周りを回りながら踊るクライマックスには、世界各地から見物客が集まるほどになりました。
近くには、村特産品のナガイモが入った「キリストラーメン」を提供するお店も…。
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…とまあ、こんな具合に「キリスト伝説」は村おこしの道具としてフル活用されているわけですが、その最たるものが土産店「キリストっぷ」といっていいでしょう。
お墓のすぐ前に店舗があり、営業時間は休日の「十字架ら」十五時まで。ちょっと看板が某コンビニに似すぎている気もしますが、気のせいじゃないですかね。たぶん…。
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3 伝説の正体
ところで、本当にキリストは新郷村に来ていたのでしょうか?
残念ながら、答えはNOです。村のキリスト伝説は、いまから約90年前、とある人物によって創作された物だということが既に明らかになっているからです。ゆえに「伝説」ではなく「湧説(ようせつ)」という語が使われることも。
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その名は竹内巨麿(たけうち・きよまろ)。
写真からして胡散臭さ全開の彼ですが、「竹内文書」なるこれまた胡散臭い文書群を遺したことで知られています。
竹内文書によると、古代日本には数万年にわたり続いた王国が存在し、かのイエス・キリストも若かりし頃日本に修行に訪れていたとのこと。
イエスは弟「イスキリ」を身代わりにすることで磔刑を逃れ、かつて修行を積んだ日本を目指して旅を続け、ついには現在の青森県八戸市に上陸。やがて新郷村に居を定めた彼は「十来太郎大天空(とらいたろうだいてんくう)」と名乗り、地元の女性・ミユ子と結婚して106歳の天寿を全うしたそうです。もう何も言うまい…。
この男こそ、村に伝わる「キリスト伝説」の発端。
1935年夏、新郷村(※当時は「戸来村」ですが、ややこしいので以下「新郷村」に統一します)を訪れた竹内の手によって創作された物語が、90年の歳月を経た今も語り継がれているのです。
ちなみに竹内文書は「神武天皇以前から古代人の王国があった」と言ってしまっていたので、著者の竹内は不敬罪の咎で逮捕されてしまいます。のちに本人は無罪放免となったものの、文書は裁判資料として当局に没収され、そのまま東京大空襲によって消し炭となったのでした。無駄にドラマチックな最期なのが非常によろしい。
4 十和田湖にかけた夢
じつはキリスト伝説の誕生には、当時の歴史的背景が大きく関わっています。
キリストの墓発見に先立つ1931年、ある法律が制定されました。その名も「国立公園法」。アメリカの「ナショナル・パーク」制度にならい、貴重な自然を有する地域を国立公園に指定し、国家として保護していくという新しい潮流が生まれたのです。
国立公園になれば観光客の増加にも繋がることから、法律の制定前から全国各地で誘致運動が盛り上がっていきます。新郷村の西に位置する十和田湖もそのひとつでした。
今でこそ有名観光地となっている十和田湖ですが、一般に知られるようになったのは20世紀に入ってからのこと。この地を訪れた文人・大町桂月(おおまち・けいげつ)による紀行文がきっかけでした。
かつて秘境だった湖には、青森県によって急ピッチで観光ルートが整備され、官民を挙げた観光振興の動きが高まっていきます。
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しかし、法施行後の1932年に発表された国立公園指定リストの中に十和田湖の名前はありませんでした。背景にはこの湖の開発の是非をめぐる論争があったといわれています。
青森県の十和田山麓地域は水利に恵まれない台地が多く、農地の開発が大きく遅れていました。加えてここには太平洋から冷たい北東風「やませ」が吹き付けるため、しばしば冷害による凶作で壊滅的な被害が生じていました。これらの問題を解決する切り札として、十和田湖の水が求められていたのです。
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一方で、国立公園指定を目指す一派はこうした開発に異を唱え、あくまで自然保護を求めました。この論争は保護派が開発派を押し切るかたちで終結し、1936年、十和田湖は無事国立公園に指定されることになります(実際には発電所の建設など、一定程度の開発は行われていくのですが)。
5 新郷村の誤算
新郷村もまた、こうした背景のもと十和田湖振興運動に力を注いでいたわけですが、やや特殊な事情も有していました。
というのも、先述の観光ルートが開発されたのは十和田湖の北側(いまの奥入瀬渓流沿い)だったため、東側にある新郷村は観光客の導線から外されてしまっていたからです。つまり国立公園指定の夢が叶ったとして、村へのリターンはないも同然なのでした。
解決策はひとつ。地理的には近いのだから、新郷村を中心とした観光ルートを独自に構築すればいいのです。当時の村長・佐々木傳次郎(ささき・でんじろう)をはじめとする新郷村の人々は知恵を絞り、ある人物に白羽の矢を立てます。
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青森県七戸町出身の日本画家・鳥谷幡山(とや・ばんざん)。十和田湖の絶景に魅了され、十和田湖の絵を次々に描いて知名度を向上させた立役者であり(大町桂月に湖を紹介したひとりでもあります)、昭和天皇に作品の天覧を賜ったほどの実績ある画家でした。
人々が期待する中、1934年に新郷村を訪れた彼の行動はまったく予想外のものでした。山中に分け入って巨岩を発見し、それを「古代人のピラミッドだ!」と言い張ったのです。
鳥谷幡山、このとき御年58歳。彼はすでに画家として一線を退き、竹内文書の世界に傾倒するオカルトおじさんと化しておりました。
年は明けて1935年8月7日、鳥谷は師匠・竹内巨麿を伴って再び村を訪れます。そう、今に伝わる“キリスト伝説”が創作されたまさにその瞬間、この鳥谷幡山もその場に立ち会っていたのでした…。
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6 考えるな、踊れ!
それ以来、オカルト界隈を中心に広まっていったキリスト伝説ですが、当事者である村サイドの反応は芳しくなかったようです。せっかく著名な画家を呼んできたのに、絵も描かないで謎の“伝説”を吹聴しだしたのですからまぁ当然といったところでしょうか。
潮目が変わったのは東京オリンピックを控えた1964年。村の有志により「第1回キリスト祭」が開催されたのです。
このイベントは合併後間もなかった村内をまとめる役目も果たし、その後散発的に起こったオカルトブームとも相まって、恒例行事として定着していきました。
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ここで気をつけておきたいのは、村の人々は「キリスト伝説を受容しているわけではない」という点。あくまで「村おこしのツール」として利用価値を見いだしたというだけで、伝説そのものについては肯定も否定もしていないのです。
象徴的なのが、公式チラシにあるキャッチコピー「考えるな、踊れ」。 中身については「考えない」で、村おこしのために「踊る」…。これこそ、キリスト伝説に対する新郷村の立場なのです。
ちょっと不思議な考え方ですが、この土地の特性を考えれば当然かもしれません。
村の大半は十和田火山の噴出物からなる不毛の台地で、水利に恵まれた平地はわずか。加えて冷害による凶作も少なくありませんでした。暮らしを守るため、戦前の新郷村の人々は当時目新しかった「酪農」に活路を見出し、一時は村を支える基幹産業にまで育てたそうです。
生活のためなら、地域の発展のためたら、馴染みのないものでもどんどん利用してみせる。この新郷村という土地には、そういうしたたかな精神が根付くだけの素地があったのではないかと思うのです。
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現代社会は他者に対して不寛容な社会になっている、とはよく聞く話です。著名人がちょっとした失言をすればたちまち炎上してしまったり、うかつに物も言えない世の中になっているという実感は誰しもあるのではないでしょうか。
そんな中で、相容れない意見であっても肯定も否定もしない(そして美味しい所をもらっていく)という新郷村の立ち位置は、そんな時代を生き抜く私たちにとって案外参考になるんじゃないかなと思ったりします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆様によいクリスマスが訪れますように!
【資料出典】
・新郷村公式ウェブサイト
http://www.vill.shingo.aomori.jp/
・布施泰和「『竹内文書』の謎を解く 封印された超古代史」成甲書房,2003
・川内淳史「観光・郷土史・『偽史』 — 1930年代青森県三戸郡戸来村『キリスト湧説』の位相 ―」
https://www.showakan.go.jp/main/wp-content/uploads/2023/05/20_01_%E5%B7%9D%E5%86%85.pdf
・「なびたび北東北」より「第1回キリスト祭、開催は『東京五輪きっかけ』」
https://www.navitabi.jp/article/8893
・農林水産省HPより「わがマチ・わがムラ」
https://www.machimura.maff.go.jp/machi/
・Wikipedia(竹内巨麿など)
【画像出典】
・新郷村公式ウェブサイト
・Google Map
・山形新聞 2006年9月11日朝刊記事
・七戸町立鷹山宇一記念美術館HPより「鳥谷幡山」
https://www.takayamamuseum.jp/collection/#toya
・大町桂月を語る会HP
http://keigetsu1869.la.coocan.jp/index.html
【Special Thanks】
・キリストの里伝承館 様
・「キリストっぷ」の皆様
・「ラーメン亭 えびす屋」の皆様