ファッションの小人
カタカタ、タン。
やっとこさ上司にメールを打ち終わって、ひまりはふうっとため息をついた。
今日は朝からやる気が出ない。
いや、もう何週間も、何ヶ月もやる気が出ない日が続いていた。
何か面白いことないかな。
気がつくとそんなことばかり考えている。
ひまりは出ないやる気をなんとか出すため、コーヒーをおかわりしようかと机のコップに手をかける。
するとコップの陰から、ピンクの小人がヒョイっと顔を覗かせた。
えっ?と思わずひまりはコップを落とす。
残っていたコーヒーが、ひまりの服に茶色く染みる。
あーあ、と思いながらもひまりは気にはしなかった。
最近は忙しくて新しい服も買っていない。
髪も寝癖がついたまま、メイクもせずにすっぴんで会社に来ていた。
そんなことはどうでも良かった。
手がベタベタになったのでお手洗いに行く。
すると鏡ごしにさっきの小人が再び姿を見せた。
「夢じゃなかったのね」
ひまりが言うと、小人は驚いた。
「私が見えるの?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、嬉しそうな顔をする。
金色の髪に青い目。
小人って可愛いんだなぁとひまりは感心していると、小人があっ!と言って急に頬をぷーっと膨らませた。
「そうだ、それより。ひまり、もう何年もファッションを楽しんでないでしょう。」
突然なんでそんなことを。
ひまりが聞くと小人は腰に手を当てて、誇らしげに答えた。
「私はファッションの小人なの。ファッションを楽しむ気持ちを応援してるんだ。」
ファッションを楽しむことなんて、出来る気がしない。
ひまりは正直に話した。
「私はもともと、そんなに服やメイクが好きな方でもないし。最近は忙しくてそんなの考える気にもなれないのよ。」
小人はやれやれ、といった顔で首を振った。
「別に可愛い服をきてばっちりメイクをすることが、ファッションとは限らないよ。そんなの、人それぞれなんだから。」
そして小人は、いいこと思いついた、と手を叩いた。
「ひまりに見せてあげるよ。私たちの世界」
そう言ってコーヒのカップに水を入れると、うんしょ、と言ってその中に入ると、手を差し出した。
ひまりがその手に人差し指で触れると、2人はカップの中に吸い込まれていった。
「ほら、みて。綺麗でしょう。」
コーヒーカップの中には、シャボン玉のような虹色がゆらゆらと揺らめいていた。
色鮮やかで濡れていて、透明な面積も多くて、それがまた次の瞬間に虹色に変わる。
「これは、ひまりがさっきメールを打った上司のファッションだよ」
それは俄かには信じがたかった。
でもそう言われると、上司は身だしなみはきちんとしていたような気がする。
「こっちもみて」
今度は立方体がたくさん浮かんでした。いつのまにか周りは白い色で埋め尽くされて、立方体は黒くて大小さまざまだ。
派手な色はなかったが、スマートで心地いい世界だ。
「この人は、毎日同じ服なの。おんなじ服を何着も持ってるの。素敵でしょう?」
小人はにこにこしながら立方体に触った。
「ひまりのファッションも、今度見せてね」
元の世界に戻ってくると、小人の姿はなくなっていた。
ひまりがキョロキョロとお手洗いの中を探し回っていると、「何してるの?」と上司が入ってきた。
そして、ひまりのコーヒーが染みた服を見ると、すっと色鮮やかなハンカチを差し出した。
ハンカチを持つ指はネイルも何も塗られていなかったが、綺麗に切り揃えられている。
シャボン玉。
ひまりは心の中で呟くと、うふふ、と笑った。