前夜 /第10話
「今日は、すごく長い一日だったなぁ」
すっかり雨が上がった帰り道、俊が腕を組み、うーんと上に伸ばしながらぼやく。
「菜々子、大丈夫?」
うん、と菜々子は頷く。
すると俊は少し顔を曇らせて言った。「腕輪のことは、分からなくてごめんな。それと他にも、色々、黙っててごめん。」
菜々子は、ふるふると首を振る。
「平気だよ。色々ショックだったけど。でもまぁ、今はこうして元気だし、皆もいるし」
菜々子がそう言うと、俊は目を丸くしてちょっと黙って、やがて優しく笑った。
「お前、いい奴だなぁ」
その笑顔を見ながら、菜々子は先程の出来事を思い出していた。
「明日の朝、研究所に潜入開始」
そう決まって、一度みんな解散することになった。
部屋を出来る時、菜々子はポケットの石を取り出すとピヨに差し出した。
「これ、返すよ。もう大丈夫だから」
けれどピヨは菜々子の手をそっと閉じて言った。
「これは友達の印だから、そのまま菜々子にあげるよ」
「でも、それは俊に私を見張るように言われたからでしょ?」
菜々子がそう言うと、ピヨはふっと笑って菜々子に耳打ちした。
「本当はね、俊にはこう言われたんだ。『菜々子と友達になってやってくれ。一人でも寂しくないように』って」
えっ、と菜々子が驚いたと同時に、ピヨは菜々子を部屋の外にぐっと押しやった。
にこにことミーコを抱えながらピヨは手を振る。
「だから、私と菜々子は友達でいいの。じゃぁまたね」
ばたん、と音を立てて扉は閉まった。
そして石はまた、菜々子のポケットにある。
アパートの前に着くと、俊がちょいちょいと菜々子を呼ぶ。
手を引かれて連れて行かれたのはアパートの裏だ。
そこには、土で小さな山が作られていてその前に切花とお線香が立っていた。
辺りには白檀の香りが広がっている。
「犠牲になった猫たちと、住民たちのお墓。忘れられちゃって、皆お墓参りされてないだろうからさ」
こんなのしか作れなくてごめんね、と言いながら俊はポケットからライターを出すと、お線香に火をつけた。
「明日は遂に、決戦だよ。ミーコ」
「ミーコは、キリーさんの家の猫の名前じゃないの?」
菜々子が尋ねると俊は、んーと曖昧に頷いて「俺にとっては猫はみんなミーコなの」と言った。
菜々子は不思議と納得して、そう、とだけ答えた。
俊と菜々子は、小さな土山の前で、目を瞑って手を合わせた。
細くて白い煙が、夜の闇に細く立ち上がっていく。
空の上まで上がると、月の光に溶けていくようだった。
またこの夜に戻ってこれますように。
「見守っていてね」
菜々子の声に呼応するように、月明かりが二人の背中を強く照らす。
俊はゆっくりと立ち上がった。
明日はきっと、もっと長い一日になる。