狐の嫁入り
あな恐ろしや。狐の化かしというのはいつの世も恐ろしい。
鳥のさえずり聴こえる早朝、呉服屋の旦那の大声が街に響き渡る。
「金が無いとは一体どういうことだ」
「来月には返しますから、勘弁してくだせえ」
叱られているのは呉服屋の下男。
どうやら店の金に手をつけたらしい。
「お前はクビだ。だがその前に、痛い目みせてやる」
呉服屋の旦那が拳を振り上げたところで、カラカラと店の扉が開き、上背の高い女性がすっと間を割った。
「旦那さん、いい加減にしておやり。街中に響いているよ」
そう声をかけるが、呉服屋の旦那は怒りが収まらない。
「なんだい、トメ。邪魔するってんならお前だって容赦ぁしないぞ」
するとトメは怯むどころか旦那のそばに身を寄せてこう囁いた。
「こいつのせいじゃない。私ゃ、犯人を知っているよ」
旦那は驚いて思わず腕を下ろした。
「さぁ、行きな」
トメがニヤリと笑い顎で促すと、下男はあっという間に姿を消してしまった。
呉服屋の旦那は声を潜め聞く。
「おい。犯人は誰だ」
トメは再びニヤリと笑い、こう言った。
「狐だよ」
トメが言うには、どうやら下男は狐が化けた町娘と恋仲になったが、嫁にもらいそびれたそうだ。狐を嫁にもらうとその家は生涯安泰だという言い伝えがあるが、嫁にもらいそびれると金との縁が遠くなる。
「店の金に手をつけるなんて、普通の頭のやつがやることじゃない。ありゃ、狐の仕業だよ」
クククッとトメは笑う。
しかし呉服屋の旦那が注目したのはそこではなかった。
「俺は狐を嫁にもらう。トメ、その町娘とやらを紹介しろ」
トメはしばらくポカンとしていたが、やがてあぁ、と言ってこう続けた。
「もちろん紹介しますとも。でも旦那、タダとは言いませんでしょう?」
旦那は大きく頷いた。
3ヶ月後、呉服屋は祝いの声で湧いていた。中では正装した旦那と白無垢を着た町娘。2人は嬉しそうに笑っている。
街の外まで聞こえる声を背に受けながら、去っていくのはトメだった。
妖艶な笑みを浮かべ、口ずさむ。
「あな恐ろしや。狐の化かしというのは、いつの世も恐ろしいー」
ところで、呉服屋はその後どうなったかって?儲けは可もなく不可もなくまずまずの繁盛。だが夫婦は生涯永く愛し合い、幸せに暮らしたそうだ。
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