共犯者
喉が乾く。
喉が渇いてしょうがない。
真夜中のベッドの中、そう思いながらも私はまた眠りに落ちていく。
「知識欲求過多症候群ですね」
医者はこんこんとペンを鳴らしながら言った。
聴いたことのない病名。
彼女はきょとんとする。
「学者とかに多いらしいですよ。あとは医者とか」
さらさらと診断書を書いて医者は笑った。
「お薬は、知識と探求です。まぁしばらくゆっくりして、好きなだけ新しい知識に触れてください」
翌日から、彼女はよく分からないその病名により会社を休むことになった。
喉が渇いたら、知識欲求のサイン。
飲み物を飲みながら、本を読む。
彼女はとりあえず図書館に行き、端から本を読んでいった。
数学、化学、物理、文学、天文学。
図書館にはいくらだって知識欲を満たすものがある。
それに冷暖房、冷水、電源完備。
彼女の病気には、これ以上ない環境だ。
そんな生活を数週間続ける内に、彼女にある変化が起こった。
本を読み終わった後、しばらくすると、脳の中で何かがうわっとうごめいているのを感じるのだ。
神経細胞が、触手を伸ばしているのだろうか。
彼女は頭の中を想像する。
一瞬、視点が自分の外から中へと移り、焦点がぶれて視界が揺れる。
そこで毎回、彼女は慌てて瞬きする。
これ以上、自分の内側を見ようとしたら、なんだかもう戻ってこられないような気がした。
更に数週間後には、すっかり喉の乾きも収まった。
ずっと図書館にいるものだから、彼女の身体からは本の匂いがするようになった。
そろそろ定期検診の日だ。
彼女はあの医者を思い出す。
白い肌をして男の人なのにそばかすがあって、なんだか可愛かった。
そうだ、と彼女は医学書に手を伸ばす。
「だいぶ、良いようですね」
医者は彼女の顔をみて嬉しそうにする。
「でももう少し、療養は必要そうです。また診断書、書いておきますね」
医者が診断書にペンを走らせる。
すると彼女はそっと囁くように医者に耳打ちした。
「この病気について調べたのですが、どうやらまだ正式には病気として認められていないようですね」
医者の手が止まる。
「数日間、先生の行動を見させて頂きました。先生自身が、この病気なのでしょう。研究がしたくて、こっそりとこうして私のような患者で実験してるのですね」
医者の顔はみるみる青ざめた。
ふふふ、と笑うと彼女は立ち上がる。
「それじゃ今回も診断書、よろしくお願いします」
ぱたんとドアが閉まって、部屋はとても静かになった。
まだ昼間の明るい日差しが差し込んで、彼女の残していった本の匂いが香っている。
やれやれ、と医者は頭をかく。
「ありゃ、私より重症だ」
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