生きる光
ハルは生まれつき身体のいくつかが、僕たちと同じようには動かなくて、それが彼の当たり前だった。
色んなことに苦労してきただろうし、苦労してきたところをそばで見てきたけれど、結局は今日まで乗り越えてきた。
だからハルは僕たちよりも、ずっと強い人間なんじゃないかって、僕はこっそり思っていた。
それなのに、どうして。
どうして神はこんなに意地悪するんだろう。
「僕、余命3カ月なんだって」
そうハルから聞いた時は、信じられなかった。
一緒に外で遊んだのがつい最近のような気がした。
白い病室のベッドの中で、遠い目をして告白する彼は、寂しそうにも諦めているようにもみえた。
「まぁそんなわけだから、またお見舞いきてね」
こんな時でも一応笑顔を作ってそう言ったハルに、僕はただただ頷くことしかできなかった。
ここへきて、まだ彼より弱い自分が情けなかった。
僕はあの時、一体どんな顔をしていたんだろう。
それからは頻繁にハルに会いに行った。
何を持っていっていいかわからなかったので、手土産は大抵花だった。
「こう、花をじーっとみてるとさ、だんだん雄しべと雌しべとかがリアルに感じられてきて、花もやっぱ生き物なんだなぁって思うよ」
ハルは花を花瓶から出して匂いを嗅ぎながら言った。
そんなハルの仕草は絵になっていて、これまでハルが皆からどこか一目置かれていたことを思い出す。
いまだってそうだ。
余命宣告を受けたハルの身体と心は、毎日戦いだからだろう、前にも増してすごいエネルギーを放っているようで、周りのものを魅了する。
頼むから、省エネしてその分元気になれよ、と思うのだけれど、こればっかりはコントロールできるものではないだろう。
「お前みたいなやつが、あと3ヶ月なんて、神は何考えてんだろうな。俺はお前に余命宣告の話をされた日から、神に"様"づけすんのを辞めたぞ」
僕がそう言うと、ハルは面白そうに笑った。
「神は僕に嫉妬してるんだよ」
そのハルの綺麗な笑顔を見て、ほんとにそうだ、と僕は思う。
あるいは、このハルの強いエネルギーがみたくて、神はこんなことをしてるのかもしれない。
いずれにせよ、僕にとってもハルにとっても迷惑な話だった。
窓からは、夏の終わりの涼やかな風が吹いていた。
ハルの服の白い袖がふわっと膨らんで、それを愛おしそうに受け入れているハルをみていたら、なんだか泣きそうになった。
涙を堪えて目をつぶっていたら、なぜか急に眠くなってきた。
僕はそのまま眠ってしまった。
夢の中で、ハルと僕は草むらを走り回っている。
僕もハルも、小さな子どもに戻っていた。
そんなに走ったらだめだよ、と僕はハルに言おうとするのだけど、ハルが走ってるのが嬉しくて、まぁ夢だしな、と一緒にはしゃいだ。
散々2人で走ったあと、ハルがポケットから紙飛行機を取り出すと、「これに乗るよー」と言って紙飛行機の上に乗った。いつの間にか、紙飛行機は僕たちが乗れるくらいの大きさになっている。
さすが夢だな。
そう思いながら僕はハルの後ろに飛び乗った。
紙飛行機は、ぐんぐん、街を飛んでいく。
屋根も道路も、どこかフィルターを一枚外したかのように美しかった。色が一つ一つ僕の頭を刺激してくる。
気づくと周りの音は小さくなってあまり聴こえなくなっていた。
ハルが何かを僕に言うが、聴き取れない。
でも楽しそうなことは伝わってきたので、僕は笑った。
ハルも笑顔で返してくる。
これがハルの世界か。
僕はハルのエネルギーの源が分かった気がした。
僕たちとは違う、遥か美しいものをハルは感じられるんだ。
どうしてハルなんだろう。
ふと、僕はそう思って涙が止まらなくなった。ハルは僕たちにこんなにもエネルギーを与えられるのに。
空飛ぶ紙飛行機の上で、僕は号泣した。
ハルを大事に思っている人が、1年ずつ寿命をハルにあげれば、ハルはもっと生きられるのに。
僕は1年より、もっともっとあげるのに。
ハルの小さな背中をみながら僕はそんなことを思った。
すると、ハルの背中にすうっと赤い光の粒が一つ飛んできて、やがてそのままハルの中に入っていった。
それは瞬く間に溢れてきて、すごい数になった。
地上をみると、足元の家や木々から沢山の光が出てきて、こっちに向かってくる。
100、いや1000、もっとある。
ハルは沢山の赤い光を受けて、ピカピカに輝いていた。
ハッと気づくと、そこは白い病室で、僕は椅子に座ったままハルのベッドにうつ伏せになっていた。
部屋には夕日が差し込んでいる。
「お見舞いにきて、寝るやつ初めてだわ」
ハルがにやにやと笑っていた。
ハルの背中は、夕日を受けてうっすらと赤く光っている。
神になんか負けない。
僕は言った。
「お前は、1000年以上生きられるよ」
ハルはきょとんとしていたけれど、やがて僕の目を見て、うん、と頷いた。