鳴かない鳥
「インコ?」
「そう、インコ」
彼の問いに、私は鸚鵡返しに繰り返す。
知人からインコを譲り受けて早半年。
インコと言えば、やはり思い浮かべるのは挨拶したり自分の名前を言ったりするあの愛らしい姿である。
私ももちろん、その時を心待ちにしている訳なのだが、どういう訳だか、うちのインコはちっとも喋らない。
それどころか、そもそもほとんど鳴くこともないのである。
「身体の調子が悪いとか?」
「一応、動物病院にも行ったけど、身体は元気なんだって。鳴くのも、個体差があるみたい」
「まぁ、そうだね」
とはいえ、インコが喋るのを心待ちにしているのは私だけではない。
娘だって夫だって、それはそれは期待しているのだ。
「貰い受けた家のインコは、すごくよく喋るのに…」
私の言葉を遮るように、彼はコトンとお茶を差し出した。
丁寧にお茶托に載せられたそれは、うっすらと湯気を立ててそこにいる。
「わぁ、いい香り」
私が言うと、彼は顔を綻ばせた。
「近所にお茶を手づくりしてる人がいてね。その人に貰ったんだ」
言いながら、小さな小皿もまた傍にコトンと置く。
「それは俺が畑で育てた野菜を、漬物にしたやつ。お茶と交換したんだ」
胡瓜と茄子と大根だ。
小さく切られて、行儀よく小皿に並んでいる。
「ここには、貰った物とか自分で作った物とか、そういうものばかりがあるね」
私が言うと、彼は笑った。
「むしろ、そういう物しかないかも」
はにかんだ笑顔は、昔とちっとも変わらない。
私と彼は、幼馴染だ。
久方ぶりの同窓会で席が隣同士で、話したら実は近所に住んでいることが判明して意気投合し、それからはこうして彼の家にちょくちょくと顔を出している。
まぁ、ちょっとした買い物ついでの寄り道スポットだ。
私はぼんやりと、ドッジボール三昧の放課後や、落ち葉の山ではしゃいだ日々、夕陽の中の通学路を思い出す。
あれから随分と、時間ばかりが経ったものだ。
「インコのことなんだけどさ」
声をかけられてハッとする。
彼は自分のお茶を飲みながら、ゆったりと言った。
「鳴かなくてもいいじゃない。喋らなくてもさ。何だって可愛いじゃん」
そして嬉しそうに続けた。
「鳴かぬなら、鳴かなくていい。ホトトギス」
「なあに、それ」
得意げな顔をしてこちらをみている彼に、思わず私は吹き出してしまう。
「俺が考えたの。名言じゃない?後世に語り継いでいいよ」
「バカみたい」
私は笑った。
彼らしい。
私は肘をついて窓の外を見た。
季節は冬だというのに、緑の草たちは元気にそよそよと揺れている。
名言は、帰ったら娘に教えてあげよう。
パリパリと音を立てながら漬物を齧る。
それは昆布と塩の味がして、とても美味しいのだった。