陽のあたる場所
恋愛とは、それと気づくまでは楽しいが、気づいてからは苦難の連続だ。
軋んではすり減るその行為を、人はどうして止めることが出来ないのだろう。
図書館の前で、物悲しい顔をして煙草をふかす彼女をみるのは、好きだ。
好きだけれど、いつもちょっとだけ悲しい。
煙草を吸う彼女の頭の中は、決まって恋人のことでいっぱいだからだ。
「どんなに一緒にいても、どこか不安なの。浮気されたことを思い出して不安になる。不安になって、不快になる」
彼女は煙草の白い煙を口から吐きながら、地面の砂利をヒールの底でざりざりと踏みしめる。
石造りの壁に寄りかかり、小さな日陰にじっと身をひそめるように僕たちは横に並んで立っている。
彼女の恋人は、ひどい浮気性なのだ。
見た目は全くそんな印象がある人物ではない。過去にも浮気はしたことがなかったらしい。けれど彼女と付き合って3年、飽きたのか元々隠していた本性が出たのかはたまた彼女のせいなのか。恋人は複数の女性と浮気をするようになったらしい。
そして彼女に隠すこともなく堂々と言ってのけたそうだ。
俺、浮気してるんだ。それでも俺といてくれる?と。
すごい台詞だ。
僕は想像しただけでうんざりする。
僕が想像したのは、そいつの台詞ではない。
その台詞を言われた、彼女だ。
想像上の彼女の顔は真っ白で、目は乾いて、背景は漫画のように何もない。
けれどもそんな彼女の姿ですら、僕には愛しく見える。
僕は心底自分にうんざりした。
「別れたら?」
何度となく言ってきた言葉を彼女にかけてみる。
彼女の答えはわかっている。
「ほんとだよ。別れるべきだよね、絶対」
そうして、決して別れることはないのだ。
煙草を吸い終わった彼女の口からは、もう白い息は出ていなかった。
僕の口からは、相変わらず白い息は出続けている。
僕は彼女との体温の差を感じた。
2月というのは、1年で最も寒い季節だと僕は思う。
彼女の誕生日は2月だ。
だから彼女は、影の方へ影の方へ行きたがるのだろうか。
夏生まれの僕の声は、いつまで経っても彼女に届かない。
いい加減、不幸ぶるのは止めて陽のあたる場所に出て来いよ。
僕は心の中でだけ呟いた。
「何?」
彼女が僕の視線に気が付いて、小首をかしげる。
僕は彼女の手を取って、彼女を攫うところを想像する。
きっと彼女は嫌がることなく付いてくるだろう。
けれど、その姿に愛しさはない。
僕はかぶりを振ると「なんでもない」と答えた。
「君はいつも優しいね」
彼女が笑って言う。
僕は黙って次の煙草に火をつけた。