水たまり屋さん
雨が降ると初恋を思い出す。
彼女の家は文房具屋で、ポケットにいつも沢山の絵の具を入れていた。
雨上がりには、彼女が歩いた後は色とりどりの水たまりが出来る。
皆は彼女を、水たまり屋さんと呼んでいた。
彼女の身長はクラスで真ん中より少し大きいくらい。
運動は苦手で、好きな授業は算数と音楽。意外にも美術は普通だそうだ。
「授業のお題、つまんないんだもん」
そう言って彼女は、美術の時間は友達とのおしゃべりに勤しんでいた。
雨の日は、彼女は嬉しそうだった。
明日になれば、水たまりに色を塗れるからだ。
雨上がりの日の彼女の登校時間は朝の5時で、皆が登校する頃には、校庭中の水たまりはカラフルな色に染まっていた。
僕は一度だけ、こっそり5時に登校して、色を塗る彼女をみたことがある。
彼女はしゃがみ込んで一つ一つの水たまりをじっと見つめては、絵の具を垂らしていた。
カエルのようにぴょこぴょこと校庭中を移動して、時に水たまりを指でくるくるとかき回して、色鮮やかな水たまりは次々に増えていく。
僕は声をかけることもなく、ただずっと見惚れていた。
彼女は一度も休憩しなかった。
顔や手足や服のあらゆるところに色がついていて、太陽はギラギラとしていて、それは何かの儀式のようだった。
小学校の5年生になる時、彼女は北海道に引っ越す事になった。
「今までありがとう」
彼女はそう言って笑うと、先生と、クラスの一人一人の頰に絵の具で丸を描いてくれた。
僕は最後まで彼女に何も言えなくて、家に帰ってからそっと頰に触れてみた。
手についた絵の具はその後もしばらく消えなかった。
随分経って、彼女からクラスに1枚のハガキが届いた。
真っ白な雪の写真に一言
「雪は大きいです」
と書かれてある。
雪に向かって色を塗る、彼女の一心不乱な後ろ姿が眼に浮かぶ。
今度はかき氷屋さんになるのかもしれない。