亀がくる
『その亀、七つの頭を持ち、七つの海を泳ぎきり、七つの罪状を喰い尽くさん』
あるところに、人の物を何でも取っていく男がいた。
例えば、村へ野菜を売りに行こうとする夫婦が馬車をひいていたとする。
すると男は、馬車の前でおもむろに倒れてみせる。
「やや、どうしたのですか?」
夫婦の主人が、心配して馬車を降りてくると、男は
「3日間、何も食べていないのです。どうか隣の街まで乗せていってはくれませんか?」
と主人に頼んだ。
主人は快く男を馬車に乗せ、その夜は食事も寝床も用意してやった。
「明日の夕方には街につきますからね」
主人は男に優しく声をかけた。
次の日主人が眼を覚ますと、そこには馬車も野菜も美しい女房もいなかった。
全部男が持って行った後だった。
またある時は、男は酒場に現れた。
そこには大層人気のあるマジシャンがいた。
男はマジックが成功する度に誰よりも大きな歓声をあげた。
ショーの終了後、男はマジシャンに近づいて言った。
「素晴らしいショーでした。私はあなたの大ファンです。是非弟子にしてください」
マジシャンは喜んで、マジックのタネを夜通し教えた。
1ヶ月後、男とマジシャンは別れた。
次の街にマジシャンが行くと、見慣れたチラシが街中に貼られている。
マジックショーのチラシだ。
しかしそこには男の写真と「世紀のマジックの開発者」という文字が載っている。
マジシャンは茫然と立ち尽くした。
「ふぅ、人の汁を啜るのは心地良いなぁ」
ある日の夜、男が悪びれる様子もなく海辺を散歩していると、1匹のウミガメをみつけた。
これは、売ったら相当な儲けになるぞ。
そう思った男は、ウミガメをロープで縛ると、ナイフでひとつきにしようとした。
するとウミガメがふふんと笑った。よく見ると、その頭は7つある。
「なんとも強欲な男だことよ」
そしてぱくんと一口で男を食べると、静かに海へ戻っていった。
それきり、男を見た者は誰もいない。