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けいちゃんの世界

バッタの目は澄んだ緑色。
雨が降ると、今もあのシーンを思い出す。
濡れた葉の中でうずくまる小さな生き物を、彼はそうっと飛ばしてあげていた。


虫と人は、全く違う。
虫は無脊椎動物で、骨にあたる部分はリン酸カルシウムではなく炭酸カルシウムだし、そもそも骨という概念はないし、呼吸の仕方から内臓の作りから全くもって違うのだ。
アリなどは社会性があるし数においては圧倒的だから、宇宙人からみたら地球上の二大巨頭は人間とアリに違いない。
でも、私は絶対虫とは分かり合えない。
作りが違うから、価値観が合わないと思う。

私がそこまでいった時、けいちゃんはあはは、と楽しそうに笑った。
「相変わらずだねぇ」
少し日に焼けていて、もう良い年なのに20年前と変わらない笑顔だ。
私の働く図書館で、彼は熱心に次に行く山の資料を見ている。
席を立ってまた沢山の本を抱えて戻った彼は、そのまま何時間も資料を見続けていた。
一生懸命な彼がいるだけで、私はなんだか仕事が楽しかった。

結局閉館時間まで彼はいたので、私の仕事が終わるのを待って一緒に帰った。
夜の図書館は違う世界につながっているような気がする。
彼はポツンと呟いた。


コンクリートの道を蹴って2人で歩く。
白い街灯の間隔は短くて、小さい頃のように夜を暗いとか怖いと感じることはなくなった。
月はぼんやりとただそこにあるだけ。
「けいちゃんは今でも虫と話せるの?」
私は気になっていたことを聞いてみる。
小学校の頃、けいちゃんは虫と話せると私は思っていた。
あの光景をみた時から、ずっと。

彼は穏やかな声で言った。
「僕は虫と話ができたことはないよ」
分かるわけないじゃない、と。
「でもよく、虫を助けてあげてたでしょう?」
あぁ、とけいちゃんは頷いた。
「気づいただけだよ。普通だよ」
夜の明かりの中でけいちゃんの目はいつも以上に澄んでいる。
虫の声とけいちゃんの声はなんでこんなにも重なるんだろう。
私たちは虫の声を聞きながら、そのまま黙って歩き続けた。

帰り際、突然
「あ」
とけいちゃんが鞄をゴソゴソと探って一冊の本を差し出した。
「たまには違う世界もいいよ」
昆虫図鑑だった。
私は思わず笑ってしまう。
けいちゃんはやっぱり凄い。

「おやすみ」
けいちゃんは首を傾げて微笑むと、月に向かって帰っていく。
彼の背中はまっすぐで、やっぱり20年前と何も変わらない。
宇宙人が来ても、どうか彼を見つけませんように。
私は彼が見えなくなるまで、ずっと祈り続けた。

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#名無しのけいちゃんへ
#あなたに捧ぐ物語

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