亀と白昼夢
「えっとそれでね」
もぐもぐ、ばりばり。
「ねぇ、話聞いてる?」
ごくごく、ばりばり、もぐもぐ。
そこで彼女は痺れを切らすと、ばちん!と音を立てて僕の頬をビンタした。
「人を馬鹿にするのも良い加減にしてよ!もう別れる!」
ずんずんと大股で歩き去る彼女の後ろ姿を、僕はスナック菓子を片手に見送った。
あぁ、またか。これで5人目。
ちらりとみると、スナック菓子の袋は空になっている。
僕はため息をつきながら、袋をぐしゃぐしゃと丸めると、ぽいっとゴミ箱に放った。
心にある寂しさは、彼女を失ったからなのか、はたまたお菓子が無くなったことによるものか。
近頃の僕ときたら、どうにも何かが欠落している。
一体いつからこうなのか。
大学に入ってからは、いとも簡単に彼女が出来て、勉強せずとも単位はとれ、バイト中にぼーっとしてればお金は手に入った。
それらは高校生でいるまでは、あんなにも入手困難であったのに。
僕は突然やってきたイージーな人生に、ただ、飲まれていた。
そうしていつの頃からか、僕は常に何かを口に入れていないと気が済まなくなっていた。
「刺激にでも飢えてんのかねぇ」
友人は煙草を吸いながら言った。
大学構内の、『やすらぎの森』とかいう名の広場にて、僕たちは大きな岩に寄りかかって語っている。
「そんなん、求めてたこと一度もないけどな」
僕はさっき買ったチョコレート菓子を、ポキンと鳴らして食べる。
喉の奥まで甘ったるい。
「でもなんか、お前飢えてるよ」
友人は立ち上がって、尻をはたく。
「じゃぁ俺もう行くわ」
そういうと友人は、さっさと講義に向かってしまった。
僕は岩にもたれたまま、眩しい友人の後ろ姿を見送る。
心はこんなにも空っぽだ。
すると突然、直ぐそばで
「暴食か」
と低い声がした。
僕は背筋がゾッとして、思わず身体を強張らせ辺りを見回した。
すると、岩がゴトンと動いた。
かと思うと、岩の足元からギョロンと首が出てきた。
岩だと思っていたものは、大きな亀だったのだ。
首は次々に出てきて、全部で7つもあるのだった。
そのうちの一つが、思い切り首を伸ばして僕の顔の直ぐそばにやってきた。
心臓がこれ以上ない程に鼓動を鳴らしている。
甘ったるかった口の中は、カラカラに乾いていた。
「お前が凌ぎたいものは、なんだろうねぇ」
亀はそう言うと、ゆったりと首を傾けて笑った。
「お前まだここにいたの?」
いつのまにか友人が戻ってきていた。
亀はもう、すっかり岩に戻っている。
夢だったのか?
呆然とする僕に、友人は気にせず続ける。
「あれ?まだ食べ終わってないのか、それ。珍しいな」
僕は手元のチョコレート菓子を見る。
先程の亀の声を思い出し、僕はごくんと唾を飲み込んだ。
その帰り、僕たちはまだ陽の高い青空の下、2人でチョコレート菓子を分け合いながら帰った。
「僕が凌ぎたいものって、なんだろうねぇ」
僕は亀の口調を真似てみる。
友人は、はははっと声をあげて笑った。