カウントダウン
3…。
2…。
1…。
目を瞑って彼は大きく息を吸う。
「飛べ」
身体の中の細胞が全部、吹っ飛ぶような感覚が突き抜ける。
「…であるからにして数式x=は…であり、その時E = mc2を考えると…」
だだっ広くどこかかび臭い教室で、教授は淡々と黒板に数式を並び立てていく。
今回は外れかな、と首を回しながら彼はため息をついた。
さっきタイムリープをしたばかりで、身体がまだ、がたついていた。
ビタミンたっぷりのゼリー飲料を飲みながら、彼は足をぷらぷらとさせて教授と黒板を交互にみやる。
しかししばらく聞いていると、外れかと思われたそれは案外悪くはなかった。
彼は鞄の中から大学ノートを取り出し、今時珍しいと皆に揶揄される鉛筆でカリカリとメモを取る。
タイムリープの目的は、特段何もなかった。
ただ、今とは違う世界に行くと何かがあるような気がした。
学校は好きな場所だった。
勉強も嫌いじゃない。だって、色々な世界が知れるから。
それで、色んな時代の色んな国の学校に行って、こんな風に授業を聞くのがいつの間にか趣味なった。
「お前、変わってるな」
皆はそう言った。そうなのかもしれない。
彼は、新しいことを1つ知るたびに、新しい世界に一歩踏み入れるたびに、自分自身が生まれ変わるように感じるのだった。
それは、感覚ではない。実態だ。
「…それじゃ今日はここまでです」
教授は最後まで淡々とした声で授業を終えた。
ふぅっと満足気に彼も大学ノートを閉じた。
誰いなくなった教室に一人きり。
昼間の太陽の光が、窓からカーテン越しに差し込んで、床に陽だまりを作っている。
床はその部分だけくっきりと日焼けしていて、彼はそうっと触ってみる。
そこはじんわりと暖かかった。
さて、また次の世界への旅立つとするか。
彼は立ち上がって天井を仰ぐ。
目を閉じて、カウントダウンを開始する。
3…。
2…。
1…。
目を開いた時には、また新しい自分だ。