秋の風/第4話
いい匂いがする。
バターとかベーコンの焼ける、美味しい匂いだ。
そして布団のなんて暖かいこと。
すべすべする感触を楽しみながら、菜々子は布団の中でもぞもぞ動く。
あ、お線香の匂い。
そこで、はっきりと目が覚めた。
「起きたか?出かけるから飯食えー」
俊がてきぱきと動きながら菜々子に声をかけ、テーブルにお皿をのせた。
お皿の上は思ったとおり、ベーコンとトースト、それから卵焼きだった。
「なんか意外。ちゃんとご飯作るんだね」
床から起き上がりながら菜々子は言う。
「食べることは、基本だよ」
俊が答え、そこであ、と思い出したように、アンドロイドでも飯って食える?と聞き私はうなづいた。
二人でテーブルの前に座って手をあわせる。
「いただきます」
昨日は俊も疲れていたらしく、話をした後はすぐ寝ることになった。
俊の家には敷布団は1つしかなく、掛布団は辛うじて2つあったので1つ借りた。
「敷布団は今後もやらないぞ」
宣言するや、俊はさっさと寝てしまった。
だが掛布団1枚でもずっと外で眠っていた菜々子にとっては十分だった。
屋根と壁がある場所で眠れる安心。
俊の持ち物はどれも、遠くにお線香の香りがした。
食べ終わるとさっさと片付けて外へでる。
朝の太陽の光が柔らかい。季節は秋だ。
「さーて、行きますか。菜々チャン」
俊がおどけて言う。
「菜々ちゃんて呼ばないで」
菜々子は、ふんと横を向いた。
秋の風は、ちょっと冷たくて切ない。
「いらっしゃい」
そこは地下にあるバーだった。
こじんまりとしたカウンターの中から女の人がこちらを向く。
オレンジ色の髪をして、煙草をくわえてグラスを拭いていた。年は30くらいだろうか。
そばには黒い猫が寝転がって尻尾を揺らしている。
「キリーさん。こんにちは」
俊はにっこり笑って挨拶をした。
「下、空けといたわよ」
キリーが下をちょいちょい、と指差すと俊は
「ありがとう」
と言って奥の階段に向かう。
降りていく俊について行こうとすると、そこでぐいっと腕をひっぱられた。
「あなたはこっち」
菜々子は別の部屋に押し込まれた。
目の前に広がる、色とりどりの洋服たちに菜々子は開いた口が閉まらない。
洋服だけじゃない。
靴も帽子もアクセサリーもこの部屋にはたくさんあってキラキラ、キラキラしている。
菜々子はただそのキラキラをみていた。
いつのまにか着てきた服はキリーによって脱がされていた。
「本当にアンドロイドなのねぇ」
菜々子の身体にある蓋をぱかっと開けて、キリーがしみじみ言う。
「人間が出来て、あなたが出来ないことってあるの?」
「わかりません。でもご飯は普通に食べます。眠くなるし、トイレにも行きます。痛いとか疲れたとかも感じます」
「あらぁ。面倒なことばかり残されたのね」
キリーがふふふっと笑う。
よくみるとすごく美人だ。
菜々子は同性ながら顔が赤くなってしまう。
キリーは菜々子の腕に触れた。
腕輪の側面を押したり引っ張ったり叩いたり、散々した後にキリーはふぅっと溜息をつく。
「この腕輪、取れないみたいね。」
菜々子も腕輪に触ってみた。
”C"の刻印がある腕輪。
俊の話ではC電子は、研究所にあるサイバーウォッチの本体から出る命令を受けるための電子頭脳、ということだった。
もしもこの腕輪がC電子なのだとしたら。
思った途端、菜々子はぞっとした。
自分はアンドロイドなのだ。
研究所から出された命令をこの腕輪が受けたら、そのとおりに自分の脳は動くのだろうか。
いや、それ以前に今もこれまでの行動も、果たして自分の意思なのだろうか。
菜々子は首を振った。
そんなはずない、少なくとも自分は今、自分の頭で考え動いている。
そう思おうとしても、頭のどこかでそれが正解だ、と言っている気がした。
だってつじつまがあう。
「あの、これ、取れないですか」
菜々子は恐る恐る聞いてみる。
油断すると泣きそうだった。
キリーは優しい目をして菜々子の頭を撫でた。
頭のてっぺんが温かい。
「大丈夫よ、必ず外しましょうね」
菜々子の目からは涙が溢れた。
必ず、なんてそんなこと約束できるんだろうか。
後から後から溢れる涙。
キリーは菜々子の涙が止まるまで、ずっと頭を撫でていた。
新たに着た服は、青色のズボンとシャツだった。
地下を降りて、ソファーに寝転がっている俊にみせると
「おー、似合ってる」
と手を叩いて喜んだ。
手元にはたくさんのメモ書きと新聞が広がっている。
キリーが菜々子の着ていた服を俊に渡しながら「腕輪はやっぱり取れなかったわ」と言うと俊は「そう」とだけ答えた。
「先生に連絡しておくわ」
キリーが床に散乱しているメモ書きを集めて、はい、と俊に手渡す。
「ありがとう、キリーさん」
俊は再びにっこりと笑うと「帰るぞ」と階段を上がっていった。
上に戻るとさっきの黒猫がこちらに駆け寄ってきた。
にゃぁ、と鳴いて俊の足首に顔を擦り付ける。
「お腹すいたか。キリーさんにいっぱい餌もらえー」
俊は抱き上げて頬ずりすると、キリーに猫を渡した。
「じゃーな、ミーコ」
バーの外に出ると、まだ昼間の太陽だった。
気持ちとは裏腹に心地良い風が吹いている。
「さて、昼飯を食べますか。菜々ちゃん」
俊がおどけて言った。
励ましてくれているのだろう。
俊の目は黒々としていつも光っている。
そこでふと、頬にインクの跡が付いていることに気がついた。
きっとさっきのメモを書いて待っている間、居眠りをしてしまったに違いない。
思っている以上に、着替えに時間がかかったのだろう。
菜々子はすることもなく1人で待つ俊を想像して、思わず口が綻んだ。
「菜々ちゃんて呼ばないで」
菜々子は俊の脚を蹴飛ばした。
秋の風はちょっと冷たくて切ない。
けれど、嫌いじゃない。
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