対峙 /第14話
「電磁波対策もないまま、飛び込んでくるなんて、君たちは思ったよりもバカだったんだね」
手に持ったスイッチを軽く投げながら、箸本は冷ややかに笑う。
ウーちゃんはその場で固まったまま動かない。
目だけがきつく、箸本を睨み付ける。
俊は黙ったまま、表情を変えずに箸本を見つめていた。
「そもそも、君たちは一体何のためにこんなことをしているんだい?辛い事実なんて、記憶から消した方がずっと平和に生きられる。思想だって同じことだよ。みんなが同じ考えでいられれば、この世から無秩序なものはなくなるんだ。一体何が不満だというんだ。ねぇ?睦美」
メインコンピュータをさすりながら、箸本はうっとりと言った。
「このコンピュータの中に、睦美は生きている。睦美と共に、僕たち家族は完全な世界を作るんだ」
こいつは完全にやばいな…。
俊が視線を箸本からメインコンピュータに移すと、コンピュータの光がチカチカと瞬いた。
なんだ?
それは何かを俊に訴えるように、瞬き続けた。
何か言っている。
俊がウーちゃんを見る。彼女は頷くと、口をゆっくりと動かした。
『ワタシヲコワシテ』
俊は息をのんだ。
確かに箸本の頭はぶっ飛んでるが、睦美がコンピュータの中で生きているのは本当なのだ。
しかし睦美の心は箸本には届かない。
くそ、どうしたら…。
俊の迷いが一瞬の隙を見せた。
箸本はその隙を逃さず、思い切り俊につかみかかると、そのまま手に持ったスタンガンを俊にあてがった。
目の前がチカチカして全身に痛みが走る。
そのとき、部屋のドアが開いた。
「俊!」
菜々子が走りこんでくる。
一人だ。
作戦は失敗したか。
「君たちが何を企んでいたかは、おおよそ見当はつく。けれど、零は君たちには応じない。零はもう、この世界の君主たる器になったんだ。僕でさえ、召使のように扱われているんだから」
菜々子は俊の前に立ちふさがる。
「近づかないで」
箸本は憐れんだ顔をした。
「菜々子、お前に何が出来るというんだ。こっちに来なさい」
箸本が菜々子に手を差し伸べる。
菜々子は首を振った。
箸本は、ゆっくりとスタンガンを握りなおす。
菜々子の目から、涙が零れた。
「助けて。誰か、助けて」
菜々子は自分の腕輪に触った。
バチバチバチ。
そのとき、電光が腕輪から走った。
「声が、聞こえる」
サイバーシティの町の中。
ある男が言った。
それはレストランの店主だった。
ランチに美味しい魚を出す、菜々子の行きつけの。
「声が、聞こえる」
八百屋のおかみさんが言った。
「声が、聞こえる」
カフェの店員が言った。
「声が、聞こえる」
酒屋のマスターが言った。
声はやがて至る所で聞こえ始めた。
「菜々子ちゃん」
キリーは頭の中の声に耳を澄ませた。
先生は、空を見上げた。
にゃーん。
ミーコが電波塔に向かって鳴いた。
電波塔は、バチバチと青白い電光を放った。
菜々子は顔を上げた。
「繋がってる…」
腕を掴んだまま叫ぶ。「みんな!」
「無理だ。お前には命令をする機能はない」
箸本が言うと、俊がはっとした。
「そうか、命令なんて必要ない」
そして菜々子に向かって言う。
「菜々子、みんなに言うんだ。自分で思い出せって。俺だって自分で思い出せたんだ。きっかけさえあれば、記憶は甦る!」
箸本は声をあげた。
「やめろ!そんなことして何になる!」
俊は黒い目を光らせて言った。
「辛い記憶だろうが何だろうが。忘れたかろうが消したかろうが。そんなのを決めるのはお前じゃない!自分自身だ!菜々子、やれ!」
菜々子は頷いた。
「みんな。大切なことを忘れてる。お願い、思い出して!」
「菜々子ちゃんの声?一体何を言っているんだろう。でも待てよ。確かに、何かを忘れているような…」
レストランの店主は言った。
「バカな。しかし菜々子の声が聞こえるなんてサイバーシティのほんの一部の人だけだろう。またすぐに消してやる」
箸本が言うと、俊は言った。
「思い出した人は、ほかの人にも伝えるさ。そうやって、町中の人はつながっている。
サイバーシティのネットワークをなめるなよ」
「お願い、思い出して!」
菜々子が叫ぶと、部屋中に電光がはじけた。
サイバーシティの電波塔から、青白い光が雷のようにあふれだす。
「そうだ!思い出した!」
町中から声が上がったのを、菜々子は確かに聞いた。