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あわてているサンタクロース
クリスマスイブの夜、いつもならもう寝ているような時間なのに、今日のユミちゃんはずうっとテレビを観ています。
「コラッ、ゆみちゃん! 早く寝ない悪い子のところにはサンタさんが来てくれないわよ?」
「えーっ!? でもユミ、サンタさんのお顔が見たいの……」
「サンタさんは恥ずかしがりやさんだから、おめめを開けたまま待ってたら怖がって来てくれないぞ~?」
「そうなんだー……ざんねん」
パパとママにそう言われると、ユミちゃんはしぶしぶパジャマに着がえました。
「パパ、ママ、おやすみなさい」
「おやすみなさい、ユミちゃん」
「寒いからしっかりお布団にくるまって寝るんだぞー」
目をこすりながらおやすみなさいをすると、ユミちゃんはゆっくりと階段を上っていきました。やっぱりもうおねむだったようです。
「ふあぁぁ……でもやっぱり、サンタさんのお顔が見たかったなあ……」
大きなあくびをしながら、さみしそうな顔をしたユミちゃんは自分のお部屋のドアを開けました。サンタさんがプレゼントを入れるくつしたをベッドの横にかけておかなきゃ、そう思いながらお部屋の中に入り、ふと窓のほうを見たそのとき、ユミちゃんのねむけはどこかへ飛んでいってしまいました。
「あっ! サンタさん! サンタさんだ!」
「おおっ!? ……ふぉっふぉっふぉっ、いかにもわしがサンタさんじゃよ~」
なんと、サンタさんです! ユミちゃんが寝る前から、あわてんぼうのサンタクロースがユミちゃんのお部屋にやってきていたのです!
「やったっ、やったっ! おきてたのに来てくれた!」
「ふぉっふぉっふぉっ、君は特別よい子だから、ちょっと早く来てしまったのじゃ。ふぉっふぉっふぉっ……」
「そうなんだ! でもサンタさん、いま出ていこうとしてなかった? くつしたがなかったから、わたしプレゼントがもらえなくなっちゃったの?」
「ああいや! 違うんじゃよ。お部屋に誰もいなかったから、てっきり君のお部屋がある場所を間違えてしもうたかと思っての、もう少し経ってからまた来ようかと思っておったのじゃ」
「わたしが早くねないから、サンタさんをこまらせちゃったの……?」
「おお、おお、泣いてはいかんよ、せっかくのクリスマスなんじゃから……」
今にも泣きそうなユミちゃんに、あわてんぼうのサンタクロースはすっかりたじろいでしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ああっ泣くな泣くな! ただでさえ成果ゼロみたいなもんだってのにアシまでついちゃ堪ったもんじゃねえ!)
今にも涙が溢れだしそうな少女を前にして、加藤参平は慌てふためいていた。ドンキで買ったパーティー用サンタコスに身を包んだ初老の男は、無垢な子供の目には本物のサンタとして映っていたであろう。しかし当然、加藤はサンタなどではなかった。彼は泥棒であった。24日の晩に子供たちの部屋へ忍び込み、皆が楽しみにしていたプレゼントをそっくり全て袋に詰めこみ持ち去るという許されざる卑劣漢であった!
「大丈夫じゃよ~! わしはぜーんぜん困っておらんからのう~! プレゼントだって、君はここにいるから今渡せばいいんじゃからのう~!」
「ほんとに……? ほんとにこまってなあい?」
「本当じゃよ~、ふぉっふぉっふぉっ」
「わたし、わるい子になってなあい? プレゼントもらえるいい子のまんま?」
「その通りじゃよ~! 君は特別よい子じゃからのう~!」
なんとか少女をなだめる事には成功したが、加藤は手痛い失敗に顔をしかめそうになるのを堪えることに必死だった。部屋に誰もいないからと、つい普段の盗みの感覚で安全だと思い込んだのが運の尽きだったか。それとも、去年の偽サンタ泥棒があまりにも首尾よくいきすぎたが為に油断してしまったのか。どちらにせよ、彼は少女に対して最悪の提案をしてしまったのだ。
加藤はプレゼントを渡すと少女に言ってしまったが、彼が今背負っている真っ白な袋の中には、今しがたこの部屋を漁って発見した女児向けアニメの玩具しか入っていなかった。今夜の盗みは、この地域で最も消灯時間が早いここが最初のターゲットであったため、当然他のプレゼントなど入っているはずがなかった。なのでどう見ても彼女自身の物だとわかる玩具を渡すこと以外、加藤に残された道はなかったのだ。
(でももうやるしかねえ! ガキなら何を渡されたって一瞬は気が逸れる! その隙に逃げる!)
「さあて、今プレゼントを渡すからのう~! ……おおっと! すまんのう、慌てすぎてラッピングするのを忘れてしもうとった」
白々しく言い繕うと、加藤は窓の方へこっそり右足を向けながら魔法のステッキの様な玩具を少女へ手渡しした。
「ああっこれは! あのときもらったステッキ!」
少女の驚愕する声に、加藤は一目散に窓へ向かって走り出した! だが!
「サンタさんありがとう!」
「へっ? おっとっと!」
予想外の反応に、加藤は窓の手前で危うく転びかけた。
「これはね、去年のクリスマスイブにともだちとパーティーをやったんだけどね、そのときカナちゃんからもらったプレゼントなの!」
「そ、そうじゃったのか~」
「カナちゃん、ことしの春に遠くへ行っちゃうって分かってたから、それまでいっぱいあそぼうねって言ってこれをくれたの! でもね、カナちゃんがいなくなってからこれを見てると、なんだかさみしくなっちゃって、でもだいじなものだからすてるのもイヤで、どこかにしまうことにしたんだけど、気がついたらどこにあったのかわかんなくなっちゃって……」
「うんうん、大変じゃったのう」
「だからね、サンタさんがとどけに来てくれてほんとうによかった! こんどはなくさないように、わすれないようなところにしまっておくね!」
「うんうん、それがよいのう。お友達から貰ったプレゼント、大切にするんじゃぞう」
ここが話を切り上げられそうなタイミングと見た加藤は、そそくさと窓を開け、窓枠へと足を掛けた。
「サンタさん、ほんとうにありがとー!」
「メリークリスマス! 来年もよい子でいるんじゃぞう!」
少女に別れを告げ、加藤は慣れた手つきと足さばきで窓の外へと降りていった。
「ふう、散々だったな。だがまあ、あそこまで感謝されると悪い気はしねえ……」
盗みをしくじったにも関わらず、加藤の心はいつになく晴れやかであった。盗んだものをただ返しただけだというのに、まるで善行でも積んだかのような気分に彼は浸っていた。
「今度から義賊にでも転身しようかね……義賊のサンタクロース……」
などと考えながら雪道を闊歩していると、不意にパトカーが彼の横を通り抜け、少し離れたところで停車した。すぐにドアが開き、二名の警官が歩み寄ってきた。
「メリークリスマス! ご苦労様です、サンタさん」
「ふぉっふぉっふぉっ、メリークリスマス!」
加藤は上機嫌に言葉を返した。勝手に上機嫌になっていた彼は『サンタクロースごっこに興じる愉快な老人』というキャラクターで乗り切るつもりでいた。
「忙しいのは重々承知なんですが、ちょっとお話よろしいですかね」
「いやぁ困るのう~! わしサンタじゃし、今日が一年で一番忙しいからのう~!」
加藤は悪びれる素振りも見せず大嘘を吐いた。
「それはそうでしょうね、加藤参平さん」
「えっ」
しかしいきなり本名を呼ばれ、加藤の背筋が軒先の氷柱より冷たく凍り付いた。
「いまどきはね、家や公共施設の監視カメラの画像を追いかければすぐに顔が割れる時代なんですよ」
「さあ、自称サンタさん」
「あっやめろお前!」
「おとなしく署まで来てもらいますよ」
雪の降りしきるクリスマスイブの夜、後ろ手に手錠をはめられたサンタクロースもどきは、パトカーの中へと押し込められていったのであった。
【おわり】
なにこれ
24名のパルプスリンガーが集まり開催された『#パルプアドベントカレンダー2020』が今日で終わったのですが、土壇場でカッとなって書いたらなんかできました。その昔『ぬらりひょんの孫』のノベライズで見た、地の分の一人称→三人称入れ替わりがやりたかったのでやりました。
いやー楽しい12月だった! みなさんオツカレサマドスエ!
追伸:ハナっから一人称じゃないやん……
Photo by rawkkim on Unsplash
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