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「聖夜の奇跡」としておこう #パルプアドベントカレンダー2024

 クリスマス・イブの夜……それは子供たちがプレゼントへの期待を胸に良い子として眠りにつき、柔らかな静寂に包まれる時間である。だが油断してはならない。夜闇に生きるモンスターたちの中にはこの聖夜こそが好機と捉え、いたいけな子供に牙を剥かんとする者たちがいるのだ!


「くすくす……寝てる寝てる……♡」 

 どこかの病室で、ひとりでに扉が閉められた。その病室には二人の人影があった。一人は月明かりのそれと同じような白い肌の少年で、ベッドの上で静かに寝息を立てている。もう一人は一見すると中性的な顔立ちの若い男性に見えたが、まるでベビードールのようなこの季節に相応しくない服装に加え、角と尻尾まで生やしていた。サキュバスである。

 サキュバスは少年の枕元に視線を移した。今時の子供にしては珍しく、クリスマスカラーの靴下がきちんと用意されている。その他には物が置かれていないことを確認すると、彼は扇情的な顔でほくそ笑んだ。

「予想通り……今日なら大丈夫だと思ったんだよね〜」

 サキュバスから身を守る昔ながらの方法として「枕元に牛乳の入った皿を置いておく」というものがあるが、クリスマス・イブの夜には枕元に大きな靴下をぶら下げることになる都合上、液体の入った皿を置きづらくなる。彼は自身を誘惑する白い液体が寝室に置かれない今日という日に狙いを定め、少年に襲い掛からんとしているのだ!
 ……もっとも、現代において前述したような古めかしいサキュバス対策を取る者などほぼおらず、そんなものを警戒する彼はよほど捕食行為が下手で警戒心が強くなりすぎているのか、或いはただの偏食家か、どちらにせよあまり賢くはないように見受けられた。

「穢れなき薄幸の美少年のハジメテ……これならボクのお腹も満たされるっ♡ それじゃあ早速いただきまー……」

 毛布をめくり上げ、少年の下半身に掴み掛かろうとしたその時! 月明かりに照らされていない暗闇から伸びた手がサキュバスの腕を掴み制した!

「えっ?! 誰!?」

「こいつは私が先に目をつけていた獲物だぞ。淫魔如きにくれてやるものか」

 サキュバスを遮った手の正体……それは若いヴァンパイアであった。襟の高いマントに身を包んでいるため誤魔化されているが、骨と皮だけのような手指や頬が若干こけているところを見るにかなりの飢餓状態のようだ。

「純潔の肉体はともかく、現代では子供でも無垢な精神を保つことは困難なのだ。しかしこいつはその両方を兼ね備えている! 久方ぶりに口にする血として、これほどの逸品は存在しない!」

「だからボクも惹かれたの! いーでしょ貞操くらいー。ボクもうお腹ペコペコで我慢できないよう……」

「話を聞いていたのか? 両方備わっているから逸品なのだ! そして私には先にこいつを頂く権利がある! 太陽が昇っている時間からベッドの下で待ち構え、こいつの親族がサンタの夢を崩さぬよう立ち去るまで我慢し続けたこの私にこそ!」

「横になってただけじゃーん! 関係ないねっ、もう剥いちゃえ!」

「やめろ! せっかくのご馳走を奪わせるものか!」

 二体のモンスターが相手よりも先に「食事」にありつかんと、競うように少年の寝巻きを引き剥がし始めた。当然の如く少年はうなされ目を覚ましかけたが、ここだけは二体とも協力して魔力を使い少年を再び夢の中へと送り込んだ。
 そして少年は丸裸にされてしまった。「食欲」をそそる姿になった少年を前にして、二体は互いに相手の食事を妨害して押し合いへし合いを繰り広げはじめたが、不意に外からシャンシャンシャンシャン……と響いてきたベルの音色に手が止まった。


 ベルの音色は加速度的に大きくなっていった。それに気がついたサキュバスとヴァンパイアが窓から外を見た時には、一直線にこちらへ向かってくるトナカイとソリが、それに乗るサンタクロースがずんずん迫ってきていた!

「バカな……このまま突っ込んでくる気か!?」

「この病院には煙突なんてなかったし、飛んできたって窓でも突き破らなきゃ入れないでしょ。邪魔なんてされないよ!」

 呆気に取られるヴァンパイアを尻目に、サキュバスは少年の少年を手にかけんと迫っていた。それを目にしたトナカイは、絶対に少年を救うと言わんばかりに加速した! トナカイは進行方向に少年が入らないよう角度を微調整し……角で壁をぶち抜き病室へと到着した!

「「ええええええっ!?!?!?」」

 驚愕する二体をよそにトナカイとソリが横滑りブレーキを成功させると、ゆっくりとした足取りでサンタクロースがソリから降りてきた。

「ふぉっふぉっふぉっ、メリークリスマス! ……良い子と悪い子のみんな」


「さて……早速じゃが、プレゼントを心待ちにして眠っている良い子に何をするつもりじゃったのかのう?」

 そう問いただすサンタクロースの表情は好好爺のそれであったが、サキュバスとヴァンパイアは震え上がりその場から動けなくなっていた。存在格、力の差、年季の差……彼らはそういったものを本能で感じ取っていたのだ。

「あっあの、ボクたちはお腹がすっごく空いていて……お食事を……」

「『食事』のう……その少年を、食べるつもりじゃったのかのう?」

 つい墓穴を掘ってしまったサキュバスの肌には脂汗が伝り、恐怖のあまり立つことすらままならなくなった。その目には、時折ノイズのように一瞬だけ服が黒くなるサンタクロースが映っていた。

「待ってくれ! 私たちはただ、腹を満たせず苦しんでいただけなのだ! この少年に害を与えようなどとは考えていない! 空腹を凌げる程度の、最低限だけ力を頂こうと思っていただけなんだ! サキュバスがどのように考えていたかまでは知らぬが」

「えっ待って、ボクもちゃんと庇ってよう……」

「しかし、血やら何やらを吸うつもりじゃったことに変わりはないからのう」

 サンタクロースは黒い闘気を滲ませながら二体ににじり寄ったが、モンスターであるにも関わらずただ怯えて許しを乞うだけの姿に違和感を覚えていた。

(もしやこの子らは……)

 ふと頭に浮かんだ仮説を確かめるべく、サンタクロースは闘気を鎮めて優しく語りかけた。

「正直に答えておくれ、サキュバスよ。相手が飢えていたとはいえ、ヴァンパイアと取っ組み合いができるほどの力があるというのに、何故わしにチャームを使わなかったのじゃ?」

「それは〜……コントロールが難しくってえ……病院にいるみんながギンギンになっちゃって食事どころじゃなくなっちゃうしぃ……」

「では次にヴァンパイアよ、変身能力を使えば数秒間ならわしから逃れられたと思うんじゃが、何故その姿のままでいたのじゃ?」

「それはだな……変身が使えないのだ。力が出なくてな」

「ふむふむ、なるほどのう……」

 サンタクロースは合点がいったというように深く頷くと、柔らかな表情で独りごちた。

「歳をとると子供に甘くなりすぎていかんのう。相手はモンスターだというのに」


 サンタクロースはサキュバスとヴァンパイアの眼前に立ち止まると、優しく肩に手をかけた。

「事情はよく分かった。そして恐らく、君たちはモンスターの中ではまだ子供だね?」

「えっ? 分かるのぉ?」

「分かるとも。成熟したサキュバスならば一人だけにチャームをかけるなど造作もないが、君にはまだ難しいのじゃろう? 近年は人間の創作物の力によって、君たちサキュバスは過剰に強化されてしまったからのう……力を抑えるだけでも一苦労というところじゃろう」

「……子供扱いされるのは心外だぞ、私は」

 ヴァンパイアは不服そうだったが、サンタクロースは意に介さなかった。

「人間として大人になってからヴァンパイアになったのかのう? ならばそう思うのも仕方がないがの、わしからすれば皆赤子のような年じゃからのう」

「しかし変身できないというだけで決めつけられるものなのか?」

「できるとも。変身はヴァンパイアが人間に近づくために使う常套手段じゃからのう。年を経たヴァンパイアなら皆自然と鍛錬し身につける能力じゃ。痩せた姿を見ても分かるがの、食事には苦労し続けていたんじゃないかのう?」

「……ああその通りだとも! 最近は特に! 夜になっても欲望と利己心の腐臭を放つ人間が徘徊するせいでまともに品定めもできん!」

 図星だったヴァンパイアは、羞恥心に頬を赤らめながらつい怒鳴ってしまった。

「ボクは場所によっては『お仲間』だと勘違いされて居やすかったりするんだけどなー」

「お前とは狙う対象も範囲も自分が持つべき品位も違うのだ!」

「まあまあ落ち着くんじゃ」

 一旦ヴァンパイアをなだめてから、サンタクロースは二体が子供であることを確信して本題を切り出した。

「どんな事情であれ今この少年を歯牙にかけることは決して許せん。じゃが、もしも今から君たちが良い子になるというのであれば条件付きで目を瞑ろう。代替品しか渡せんが、今夜の飢えを凌げるプレゼントもあげよう」

「えっ! なるなる! 良い子になる!」

「話に乗るしかなさそうだ……しかし条件とは?」

「今の少年は若すぎる。たとえ神がお許しになっても、この国の法が許しはしないじゃろう。じゃからまずは、彼が成人するまではお預けじゃ」

「他にも条件があるのか!?」

「当然じゃ。君たちが良い子にならなければ許すわけにはいかなくなるからのう。そして二つ目の条件は、君たちが彼にしたい事について、彼自身の意思で承諾を得ることじゃ。そのためには……」

 そう言いながら、サンタクロースは少年の枕元にあった靴下から一枚の紙を取り出した。

「この願いを叶えてあげるところから始めるのが良いじゃろう」

 サンタクロースが手にした紙には、細く弱々しい字で「元気になって友達を作りたい」と書かれていた。

「聖夜の奇跡を、君たちの手でもたらしてあげるのじゃ。彼の良き友人となり、望むならその先を目指すが良かろう」

 そう言うとサンタクロースはソリに積まれた袋の中から、モンスターたちへのプレゼントを取り出した。ヴァンパイアには輸血パックが数個、サキュバスには白色のプロテインパウダーとシェイカーが手渡された。

「それではまだまだプレゼントを渡さなければならんのでわしはこれで。そして一応言っておくがの、もしも良い子になる約束を破るようなことがあれば、クリスマス・イブの夜に再び君たちの元へ行くからの……今度は黒い服を身に纏って、の」

 二体に釘を刺すと、サンタクロースはふわりとソリに乗りトナカイに出発の合図を出した。トナカイは先程自ら粉砕した壁の穴に向かって駆け出すと、そのまま空の上を走り出して行った。

「おーい! この壁どうするのー!? 見つかったらマズいよー!!」

「朝になれば直っておる! 聖夜の奇跡でのお! 今日はもうおやすみーー!」

「本当だろうな……?」

 心配するモンスターたちをよそに、サンタクロースは聖夜の夜を駆け、星空に消えていった。


 クリスマスの朝、昨夜の大騒動があった病室は暖かな日差しに包まれていた。壁の大穴も、トナカイの突撃など最初から無かったかのように塞がれている。ベッドの上ではまだ少年が静かな寝息を立てていた。聖夜の奇跡の賜物か、昨晩よりも顔色が良くなっている。

「おーはよっ、朝だよー」

 不意に、少年には聞き覚えのない声が響いた。まぶたをこすり目を開くと、ベッドの傍らに声の主が佇んでいた。少女と見紛う顔立ちの、少年と同じ年頃に見える美少年……昨夜のサキュバスである。まずは「友達」から始めるため、少年と同い年に見えるよう変身しているのだ。

「君は……誰?」

「赤の他人だよ。今はねー。たまたま病院の中でキミを見つけたとき、キレイだなーって思って気になって押しかけちゃった♡」

「ええっ、そんなことが……」

「あるあるっ♡」

「おいおい、引かれてしまっているじゃないか」

 聞き覚えのない声がもう一つ、束ねられたカーテンの影から聞こえてきた。ヴァンパイアである。彼もまた少年と同じ年頃の姿に変身を遂げていた。昨晩サンタクロースが去った後、恥を忍んでサキュバスに変身の方法を習った成果である。

「勝手に見てしまってすまないが、私たちにこの願いを叶えさせてくれないかな?」

 ヴァンパイアの手には、枕元にぶら下げられていた靴下に入っていた紙が握られていた。

「それは……!」

「ボクたち、キミに興味津々だしお友達になれたら嬉しいなーって思っててね……どう?」

「でも……まだ僕たちお互いの名前も分からないし、僕はずっと体が弱いから何もできないかも……」

「それは心配無用だよ。名前など後から知っても問題ないし、体の方は既に願いが叶えられているからね」

「そんなことは……」

 少年は訝しみながらも試しに手を握ったり開いたりしてみたところ、自分の体に起こった変化に表情が変わった。昨日まではスプーンを持つのもやっとだった手に、指先まで力が込められることに驚愕していた。呼吸が楽になっていることに気付き、大きく深呼吸をすれば、肺に今までの何倍もの空気が送り込まれていくのを感じられた。今まではモゾモゾと布団を動かすのが精一杯だった脚を見やると、彼は思い切ってベッドから身を起こし床に足をついた……彼は自力で立つことができた。

「すごい! こんなに体が軽かったことなんて今までなかったよ!」

「聖夜の奇跡ってやつかもねー。良かったね♡」

 満面の笑みを浮かべて喜ぶ少年とは裏腹に、隠し通してはいたもののサキュバスとヴァンパイアは疲労困憊であった。少年の快復は奇跡でも何でもなく、二体が可能な限りの魔力を少年を癒すために用いたからなのだから。現に昨晩貰ったプレゼントは、力を得るために二体ともほぼ食い尽くしてしまっていた。
 しかしここで力尽きてはならない。少年とより親しくなるためにも、初めの一日は肝心なのだ!

「それじゃあ早速だけど……何して遊ぶ?」

「実は僕、雪だるまを作ってみたくって……」

「今からか……?」

「えー? 一緒に来ないのぉ?」

「いや、いける……帽子とフードを深く被れば……おそらく!」


 少年の願いは叶えられた。モンスターの欲望が満たされるか否かは、彼らと少年の意思に託されるだろう。


【おわり】


Q.この小説は何ですか?

A.「パルプアドベントカレンダー2024」の参加作品です。聖夜に至るその日までパルプ小説がブッ放され続けるゴキゲンな企画であり、飛び入り参加も可能です! 詳しくは上のリンクからご確認ください!


翌日(12/2)の担当者は獅子吼れお=サンです!


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トウドノリアキ
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