平成東京大学物語 第15話 〜35歳無職元東大生、初めての渋谷駅でその広さと人の多さに驚きながら東大へ向かったことを語る〜
翌日、ホテルのビュッフェで朝食を済ませたころに、叔母が迎えに来た。試験会場までの移動が大変だというので案内にきてくれたのだった。事前に調べていた限りでは渋谷から試験会場の駒場東大前という駅まではそう遠くはなかったので、わざわざ迎えに来てくれなくてもよさそうなものだと思わなくもなかったが、ぼくはすぐに叔母に感謝の念を抱くことになった。渋谷駅の構内は羽田空港みたいにどこまでも広がっているように思われた。ぼくらは新南口という改札から駅に入って京王井ノ頭線の改札を目指した。駅に入ってすぐにエスカレーターを横に倒したような動く歩道に乗らなくてはいけなかったし、通路が分かれるたびにどちらへ歩けばいいのかも分からなかったし、いつまでたっても目的の改札口までたどり着かなかった。1キロくらいは歩いたように感じられた。駅の中だというのに法外な広さだった。
ぼくは叔母の後を歩きながら、初めて東京で暮らしている人々のことを意識した。ちょうど通勤ラッシュのピークを迎えようとしている時間だった。すれ違う人の多くはスーツにコートを重ねたビジネスマンで、ぼくが暮らしている街ではこんなに多くのサラリーマンはいなかったし、そもそもこんなにたくさんの人間を一度に目にしたことすらなかった。大変な人混みだったが、彼らはまるで隊列を組んだように目的の場所へと整然と列をなし、移動していた。まるで軍隊のようだった。彼らはひどく足早であったし、無駄口をたたくこともなかった。足音だけがやたらにざっざとこだましていた。ちょっと異様で、どこか滑稽ですらあった。そして駅構内のあらやる場所で響いているアナウンスの多さには辟易した。
ずいぶんと歩いたあとでようやく井ノ頭線の改札が見えてきたころ、ぼくは腕時計をしてこなかったことに気づいた。叔母は一瞥してぼくの戸惑いに気づき、自分がつけていたカシオのデジタル・ウォッチを貸してくれた。チープなプラスチック製の時計だった。それから井ノ頭線には各駅停車と急行が走っており、通常、急行は東大駒場キャンパスの最寄り駅には停車しないのであるが、試験の日は特別に停まるので、どちらに乗ってもいいのだと教えてくれた。