たまには真面目に仕事の話:その18-通訳案内士ってどうよ-素晴らしき先輩方と能力テスト-
櫻咲く4月の繁忙期、この時期、暇な通訳案内士などいるだろうか。
コロナ以降、とんでもないことになっているインバウンド観光客増加の勢い。
新人だろうが、ベテランだろうが、毎日フル稼働。
この時期に仕事を選べる人達が羨ましい。
申し訳ないとは思いつつ、地域おこしの仕事は長期間休みを貰って、ツアーの手伝いに参戦。
もう、金閣寺何回目よ。お百度参りレベルよ。
これだけ同じこと説明したら、上手くならないはずがない訳よ。
嵐山なんて、竹よりも人の数の方が多い訳よ。
「どうやって櫻満開のエリアで人の少ない道を案内するか」が、ガイドの腕の見せ所なのだけど。
もう、ツアー開始が10時と言われた時点で、主要観光地を外すしかない。
この時期、川沿いで花見ピクニックでも十分喜んでもらえる。
数年前まで観光客など皆無だった嵐山モンキーパークには延々と山を登り続けるインバウンド観光客の長い列が。
だからSNSって嫌いなのよ。
日本人なんて、どこにもいやしないのよ。
東京では、もう意味もなく渋谷スクランブル交差点を何回も無駄に往復する人々に付き合い、
果てしなく広大な皇居東御苑やら明治神宮をさまよった後に大混雑の竹下通りを歩き、
とんでもない混雑の東京タワーやスカイツリーに赴き、夜には無料ビューが楽しめる都庁へ。
日本の良さは何かと疑問に思いつつ、帰りに整体院に通うのが日課となる。
整体師さんには「何やったらこんなことになるんですか?」と言われる日々。
ああ、10年若かったら、こんなことにはなるまい。
齢80歳を超えてバスに乗って新人を指導している大大大大大先輩の身体は、一体どうなっているのか。
はとバスツアーのガイドさんって、毎日バス乗ってて平気なのか。
もう尊敬しかないぞ。
そんな中で無謀にも引き受けてしまった日本縦断のロングツアー後半行程。
本当は、勝手知ったる場所ばかりの前半がやりたかった。
が、人手が足りない後半をと言われ戸惑い、躊躇する。
なぜなら地震災害とコロナ以降、未確認のOJT状態になる所(東北エリア)が2か所もある。バス停車時の移動ルートが不明瞭。
そして、松島一番の目玉の五大堂は、ツアー日には封鎖されていると知る。
その翌日には見られるらしいのだが。それだと余計に残念度が増す。余計に厄介。魅力的な赤い橋を渡れないと知った時のお客様の反応はいかに。
悩んだ挙句、「日本語のガイドさんがいるので安心してください。通訳するだけですよ」の言葉にまんまと騙され引き受けた愚か者。
そして、そんなガイドさんは来なかった、という事実。
ええ、もうやるしかありませんからね。
SNS嫌いとか言いましたけどね。
撤回しますとも。
ネットがあってよかったですよ。
昔のガイドさんって、一体どうやってこれを乗り越えていたんでしょう。
情報交換する横のつながりが、今よりもずっと大切だったのでは?
そうやって富士山の麓からお迎えしたのは、とてつもなく、知的レベルの高い、富裕層のお客様たち二十数名。
それに田舎からやって来た中堅ガイドが立ち向かう構図。とにかく笑顔を作る。
そう思っていたら、この団体、視察団と思しき旅行代理店の社員らしき人々が混じっていた。途中からプロのダメ出しをくらい続け、これはもしや、「アンバーカバーボス」という番組ではあるまいか。との疑いまで沸き起こる。
お客様が延々と、「このガイドは〇〇で……が出来ていなくて」的な報告をしている声が毎日聞こえていた。
常に携帯で誰かと連絡を取り合っている。
独立心旺盛なお客様二十数名は、皆好き勝手に動く。自由行動がないことに、ストレスありあり。
そう、自由を愛するこの人たちに日本的バスツアーなど、向かないのだ。
もう少し、こちらの話術があれば、皆を惹きつけられるのだが。
そこまでの技術はない。はとバスのお姉さまたちにお願いしたい。
もうどうにでもなれ!と腹をくくり、移動の為に乗車した新幹線内では、
「こうしたらどうかしら?」とお客様からご意見をいただく始末。
そしてついに、「俺、旅行会社で新人教育をずっとやってんだよね」と言いながら隣にやってくるお客様。
そんなこんなで山盛りのアドバイス、というか、注意事項てんこ盛り。
「電車の中でどうしてガイディングしないの?」
「日本では、公共の車内で話すことはマナー違反だからです」
「え???? 音楽も?」
「勿論いけません。イヤホンで聞いてくださいね」
「君が何もガイドしない人だと思っていたよ」
(なんでやねん)
「そう思われても仕方ありませんが、今から3時間は車内で静かにね。
前後に座っているお客様に、お騒がせしていることについてお詫びの声掛けしてるくらいですから。でも、小声なら少しくらい車内でお話ししていてもいいんですよ。このことは皆さんには話さないでくださいね。皆さんはここに楽しみに来られているので」
「知らなかったぁ……」
そんな会話を数十分。
ガイド教育係さんでも日本のあれこれはご存じないということか。
ならばどうやって日本にいるガイドを教育しているのだろう。
……ということはさておき。
日本のマナーを知らぬ人に、私は評価されるということなのね。
まぁ、バス旅のガイディング能力、という面では、赤点落第点。素直に詫びますとも。
でもね、約束違くないですか?
(ふてくされているうえに、日本語変)
それにあなたね、さっきわざと後ろの列から外れて迷子になろうとしていたでしょ?
ああ、もう穴があったら、そこをさらに深く掘りその砂を自分にかけたい。
そこに水を張って沼にして沈みたい。
自らの判断力の無さを呪う。
電車に乗る前に、全部話せばよかったのだが。
それでなくても時間がきっつきっつ!のツアー。お客様の疲労は限界。
そんなところで、注意とか、もうしたくないのよ。
そうよ私の専門はFIT(個人旅行客)で、バス観光のプロではない。
バスや列車の団体観光には、かなりの力量がいる。
スムーズにできるようになるには、あと何年かかることか。
いや、ほんとにはとバスのガイドさんの能力って、とんでもなくすごい!ということが、分かる。
これまでやってきた修学旅行でも、新幹線移動の団体ツアーでも、さんざん身に染みていたはずなのに。
コロナ禍の3年でその大変さをすっかり忘れている。
嫌なことをきれいさっぱり忘れ去り、同じ目に合ってしまうことができるという能力が、誰よりも秀でていて半端ない。
嫌なことも一回寝たら忘れるというこの驚異的な鈍感力で、ここまで生きて来た私。
そんなFIT担当の私を採用したぐらいなので、恐らくとんでもなく人手が足りないのであろう。
けれど、会社も良くお分かりのようで、そんな私に特別に付けてくださった添乗のプロがいた。
なんというか、もう、一言で言うと、「プロ」だった。
日頃は、アウトバウンドで日本人のお客様を海外にご案内しているというこのお方、とんでもなく手際がいい。いつも一歩先を行かれる。
そのうち、この方の指示に従えば間違いないという安心から、行程管理を丸投げし始めた、いけないガイド(私)。
お客様も、彼女がいると安心感が違うのが見て取れる。
そう、お客様の心を読み、何をして欲しいのか、何をして欲しくないのかを感じる力が半端ない。そして、事前に計算をして動く。
先輩について学べる機会というのは、そうそうない。
このツアーに手をあげたことを当初後悔していたが、彼女の手さばきを見つめるだけで、手をあげた意味があったとつくづく感じた。
(あんたがちゃんとできないからだ)
私にとっての教育ツアーであることは間違いない。
色々な面が後手後手になる。
それを気づいた彼女が、先手を打って「これやりましたか?」と、こちらに聞くようになる。
ううむ。全然できない人ね、わたし。
そして、思った。
私には、やっぱり団体は無理なのか。
そんな中で、優しい言葉をかけてくれるお客様、添乗と教育のプロ。
優しさと、自分ができなさすぎる悔しさに、うかつにも涙ぐむ愚か者。
そうして数日間も一緒にいて慣れてくると、出るわ、出るわ、クレームの嵐。
「いや、あなたのせいじゃないんだけどさ……」
そんな前置きと共に。
最後には、君なら改善できるよ!と励まされだすガイド。
「悪いけどさ、日本の歴史なんかに興味ないから手短にしてくれる?」
「もっと楽しいこと話して!」
「日本の今が知りたいの!!」
「窓から見えるものをもっと教えてよ~!」
「一緒にカラオケ行きたい!」
「いまから飲みにいけるとこないの? スナックは?」
そんな言葉が飛び交う車内。
ああ、もう、ガイド失格なのよ。
これじゃあ、単なる友達なのよ。
「今日の夕食は飲み放題よ!」の声に大歓声が上がる札幌の夜。
終わり良ければ全て良しとはよく言ったもので、最後に写真をみんなで撮りましょ!の声には賛同の嵐。
夕食会場で、しこたま飲んで出来上がった人々が、通りすがりの日本人を捕まえて一緒に写真撮影が始まるというカオス。
どの人にとっても団体ツアーの最後の夜。
一人当たりハグ二回、掛けること二十数回、
=50回以上のハグ&キス。
流石のハグホリックの私も「もういいぞ」となった名残を惜しんだ夜。
長い長いツアーの終わり、連日の12時間越えの勤務。
最後の日は、真っ暗な中で、早朝4時起きでお客様を見送ることに。
富士山五合目は閉鎖中だった。五大堂も工事中、札幌テレビ塔も改装中。
明治神宮では昭憲皇后没後110年の式典のため中にも入れず閉鎖中。
しかも土砂降りと、不運なタイミングに見舞われたツアーに参加した人達。
楽しんでいただけましたか?
日本が好きになってくれたならいいけれど。
それからも数時間遅れで、数人ずつ、フライト時刻に合わせて出発していくお客様を見送る。
「Think Positive! 」
そのお客様の言葉に励まされた日々。
勿論不運な部分はできるだけ言わないようにしていたけれど。
知的な方々が、見抜けぬわけもない。
どうしてか、その理由をしっかりお伝えすることで、少しは不満を解消できていればよいのだけれど。
「少なくとも、桜が満開のこの季節に、絵にかいたような富士山をたくさん見ることができたあなた方はとてもラッキー。
唯一の不運は、このとんでもないガイドが来たことくらいね」
そんな言葉に、笑顔を返す人達。
事実、とんでもないガイドだった。
でも、記憶に残らない、忘れられるガイドよりはいいか。
そんな風に捉え、どこまでも自分に甘く。
辿り着いた札幌新千歳空港。疲れた身体を癒そうと温泉三昧して、危うく飛行機に乗り損ねそうになった。
平均睡眠時間が極限まで減る過酷な1週間。
添乗され、行程管理をしていた担当者は、恐らくもっと過酷だったはず。
『どんなに仕事がきつくても、何もなかった3年間に比べたら、今とても幸せなの』
そんなガイドの言葉に微笑んでくれたお客様たち。
いつか、また。
さよならは、なしね。
バスが見えなくなるまで手を振り続ける。
お客様が見ていようといなかろうと。
業務を終え、ようやく一人帰路につき空から見下ろす大阪の夜景。
ほっとしながらも、まだ空地だらけの真っ暗な万博会場に愕然とする。
来年ここで働けるだろうか。
どうか成功しますようにと願いながらの帰還。
全てが終わって、久しぶりに6時間睡眠がとれ、
ほっとした翌朝。
早朝からけたたましくなる電話。
延泊されたお客様が泊まっているホテルの番号を携帯画面の上に確認。
嫌な予感が襲う。
取った電話から聞こえて来た最初のセリフは……。
「……お客様がホテルに携帯をお忘れです」
絶対、ガイド能力テストしてるやろ。
この後の対応に、数時間がかかったのは言うまでもない。
ガイドの皆様、スキルチェックツアーにご用心を。
(タイトル写真は松島瑞巌寺の枝垂れ桜。堂内は国宝。庭園以外撮影禁止)