Herstoryとしての時代劇(赤い袖先"옷소매 붉은 끝통"ドラマレビュー)
옷소매 붉은 끝통(2021年〜2022年)
(日本語タイトル:赤い袖先)
"王は宮女を愛した。宮女は王を愛したか"
最後までネタバレ含みます。以下ネタバレOKの方のみお願いします。
Hersotryとしての時代劇
このドラマはフェミニズムの観点からも注目された。
映画評論家のチョ・ヘヨン(조혜영)は以下の通りに語っている。
歴史は男性中心的なものだ。
歴史は当時残された文字記録をもとにしており、長らく文字、そして記録の所有者は権力者であり男性であり、女性は排除されてきた。
例えば平安時代女性文学が花開き、清少納言、紫式部等の宮仕えをしながら作品を通して後世に名を残した。しかし、彼女たちが亡くなった年代、本名は未だ不明だ。彼女たちより明らかに有名ではない父親は生没年、本名が記録されているのに関わらずだ。
それに加えて歴史を研究し、構築する学術界が男性主義的な構造だったため、1970年〜80年代の英語圏のフェミニストがそこで形成された歴史観も男性中心的であるという点を”His+Story"と皮肉り、その対義語として女性の視点から歴史を見ようとすることを”Herstory"と呼ぶようになった。
(参照:https://zh.wikipedia.org/zh-tw/Herstory )
『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』にも、1970年代以降、今まで一般的に女性の日記、自伝、回想、手紙等の今まで研究で取り上げられなかったものを研究しフェミニズムの研究を盛り上げたという記述がある。
以上のように権力者(=男性)が残した記録はそのまま歴史となり、女性たちが排除されている、その隙間を何らかの形で埋め再構築していくこと、その行為自体も
含めて、今回は“Herstory“と定義することにする。
主人公2人が取り巻く環境も同じだ。王が宮女を愛した事実は記録に残っている。けれど宮女が王を愛したかについて誰も記録していない。歴史の記録から抜け落ちた“その”隙間を想像力で埋めていき、1つの物語として創作したのがこのドラマ「옷소매 붉은 끝통」だ。今までHistoryとしてしか語られていなかった時代を、"her"storyとして創作し直し私たちの前に提示してくれた点にこの作品に魅力を感じ文章として残したいと思った。
Herstoryという視点を軸に制作環境、原作である小説、そして基礎となった歴史、ドラマの場面を引用し整理しながら、ドラマの魅力を一つ一つ丁寧に解いていきたい。
作品について
原作はカン・ミジョン(강미장)作家の同名小説「붉은 옷소매 끝통」。2017年に出版された。
作者が高校生の時、2007年から2015年まで約8年間かけて最初は趣味感覚で執筆されたという。ちなみにご本人の大学専攻は経済学だったという(意外にも史学科とかではない)
そしてこの小説を書いたきっかけをあるインタビューでこう回答している。
監督はチョン・ジイン(정지인)監督はMBC所属のPD。
個人的に監督のインタビューを見た時女性なことに驚いた。元々男性社会のテレビ業界で、PD、監督は現在日本の状況下では男性を最初に思い浮かべることが多い。それに加えて歴史の領域、特に時代劇はより一層男性が担当することが多い印象だ。
実際チョン・ジイン監督も同じ認識を持っていたようでインタビューで入社した時は女性PDが時代劇を担当する雰囲気ではなかったと語っている。その中で驚くべきは今回の作品は助監督まで全員女性で構成されたという。
以上のように原作者、ドラマの制作陣共に女性で構成されているのが今作品の大きな特徴だ。今回はその点も念頭に起き、歴史を今まで語られて来られなかった「女性」の視点で時代劇がどのように描かれているのか、どのように表象されているのかという点に焦点を当てる。
時代背景
海外の時代劇を接する時一番苦労する部分が、一般常識として知識を持っている国内視聴者に向けて作られているので、その一般常識がかけている視聴者は理解が難しい場面が発生する。(逆に知識がないゆえにドラマに没入しやすいというメリットも存在するが。)
なので、時代背景を知った上で見るとより見るとより一層面白く感じることができる。今回は韓国民族文化大百科事典(한국민족문화대백과사전)を中心に、またそうではない部分はNamwiki(나무위키)、Youtubeの動画等を拝借しながらまとめてみた。
正祖(정조)
時代は李氏朝鮮王朝時代22代国王正祖(정조)とその後宮宜嬪成氏(의빈 성씨, 성가 덕임)が主人公。
西暦にすると約1750年から1800年、つまり18世紀後半。日本だとちょうど江戸時代、9,10,11代将軍の時代で田沼意次、松平定信等の老中の改革が行われた時代。この時代は、特に有名な時代だそうで過去に何度もメディアで取り上げられている人物とのこと。代表例は2007年放送のイ・サン(이산)
原作者カン・ミジャン氏の言葉を借りれば正祖は当時も後世も認める聖人であり、聖君だったと評価されている王である。(옷소매 붉은 끝동2,p445,l4)歴史的功績については当時の政治情勢や制度を理解が必要なため説明を省くが、その中でも理解しやすい功績として、水原華城を作った。
22代国王正祖の父親は思棹世子、母は恵慶宮洪氏。
祖父21代国王英祖(영조)は実の息子である思棹世子(사도세자)を平民に廃位したあと米櫃に閉じ込めて殺してしまうという壬午禍變(임오화변)が起こった。
2015年ソン・ガンホ、ユ・アイン主演の映画はこの壬午禍變を題材にしている。
思棹世子は英祖が42歳の年でようやく授かった息子、唯一の後継者であったにも関わらず父子の関係は悪く、葛藤が続き思棹世子は精神病を患った。それによって東宮の内侍(宦官)、宮女を殺す等の行動に至った。その数は100人以上とされている。家臣の兼従羅景彦(나경언)がその事実を英祖に告発、そして思棹世子の生母である暎嬪 李氏(영빈이씨)は思棹世子の深刻な病状と予想不可能な変乱の可能性を告白したことが決定打となり、思棹世子を米櫃に閉じ込めて死に至らせる壬午禍變(임오화변)に至った。
(原作での記述ではこの告白は王が後継者を殺す名分が必要なため、自分の後宮である暎嬪 李氏に命令してやらしたとなっている)
実際ドラマでもこの時代背景に拠る描写が見られる。
1話に正祖が暎嬪 李氏に対して「父上を殺せと言ったのはおばあさまですか?どうして自分の息子に対してそんなことができるのか?」と問い詰めるシーンがあるが、それはこの部分を指す。この壬午禍變が正祖の性格形成、ひいては物語全体に大きな影響を与えた形になっている。
また思棹世子は英祖が42歳の年で授かった後継者にも関わらず死まで至らせることが出来るのかという点でも世孫の正祖の存在があったのが大きかったとされる。英祖は思棹世子に対しては冷遇したが、逆に正祖に対しては大変可愛がったといい、実際壬午禍變の時もう正祖が成人式を上げていたことで後継者の点で問題がなかったという点も大きかったとされている。
実際ドラマ2話で、ドギムが物語を朗読している際に出てくる一節「お前は私を殺すために生まれてきたのだな」(너는 나를 죽이기 위해 태어났구나)を自分の境遇が自分の父親を死に至らせた存在だったという点に重ねているシーンが出てくる。
宜嬪 成氏(의빈 성씨)
宜嬪 成氏(의빈 성씨)は名前をソン家ドギム(성가 덕임)という。史実によれば両親が正祖の母恵慶宮洪氏の実家に関係がありその関係で入宮したという。実際字が上手な宮女だったようで郭張兩門錄(곽장양문록)という小説を正祖の妹、淸衍公主(청연공주)淸璿公主(청선공주)と他の宮女ヨンヒ(영희), 경희(キョンヒ), 복연(ボギョン)と一緒に執筆したという。
そして宜嬪 成氏は正祖が唯一自分が選択した後宮として知られている。
王の妻に関しては2種類に分けられる。
①王妃
正式な妻、正室に当たる。揀擇(간택)を通して選ばれる。中宮(중궁)とも呼ばれる。正祖の王妃は孝懿王后(효의왕후)。正祖の母恵慶宮洪氏もこの立場だったが、夫である思棹世子が壬午禍變で亡くなり王になれなかったため王后には成れなかった。
②後宮(후궁)
側室に当たる。後宮が産んだ王子は嫡母は王妃になり、生母として扱われる。
側室になる方法としては2つある。1つ目は王妃同様揀擇(간택)を通して選ばれる。
もう一つは承恩(승은)といい、宮女が王と同衾して後宮になる。
宜嬪 成氏は2番目の例に当たる。正祖には他に元嬪 洪氏(원빈 홍씨)、和嬪 尹氏(화빈 유씨)顯穆綏妃 朴氏(현목수빈 박씨)の3名の後宮がいたが皆揀擇によって入宮したため宜嬪 成氏が唯一正祖が選択した女性ということになる。
宜嬪 成氏が正祖との関係で他の後宮と違いよく言及されるには正祖が自ら選択した女性という事実もあるが後宮になる過程で「正祖の承恩を2回も拒否した」という点だ。
1766年に1度正祖がまだ王位に上がってない時期に承恩を下そうとしたが宜嬪成氏が”世孫嬪がまだ子供を産んでいないのに承恩を受けることができない”と拒絶し、正祖もそれを受け入れた。15年後1780年に再度承恩を下そうとしてまた同じように拒絶をしたが最終的に受け入れた。
以上のような記録が残っているのも正祖が宜嬪 成氏の人生に関して直接書いた御製宜嬪墓表誌銘(어제의빈묘표지명)があるからだ。朝鮮王朝時代自分の配偶者に対して墓標や墓誌銘(亡くなった人の名前、身分、行跡について記録した文章のこと)を書くことは王室においても珍しいことだった。それに加えて王自ら書いたのはもっと珍しいことだった。
王と宮女という当時の身分制度下で、王の告白を2度も断った宜嬪成氏は自分の意思が確固としてあった人物だと推察できる。
フェミニズムの視点がどのように溶け込んでいるのか
テーマ①「王は宮女を愛した。宮女は王を愛したか」
メインポスターにも出てくるテーマ
5話に王がドギムが好きなのかについて聞きに来るホン・ドンノ(イ・サンが一番信頼する家臣)との会話でこのような会話が出てくる。
今までドラマ、小説等のメディアで語られてきた正祖。それに伴い2人の関係も度々メディアに登場した。その中このドラマが他の作品と大きく異なる点は正祖がどれだけ愛したかについての記述はあるが、宜嬪成氏(ドギム)が正祖(イ・サン)を愛していたかという今まで語られてこなかった彼女の視点から語られたことだ。 上記のセリフにあるように王が誰を愛したかが重要であって、その相手が本当に彼をどう考えているかについては誰も気にせず耳を傾けてこなかった。
His+storyの歴史には残されなかった隙間を縫って彼女の視点が描かれているという点は、まさしくHerstoryの文脈だと言えるだろう。
果たして"彼女が王を愛していたのか"
それは自分でドラマを見た上で各々の答えを見つけるものとなっている。
テーマ②「宮女」という彼女の尊重の先に
このドラマは最終的に2人が結ばれるまでがとても長い。最終話17話、1話残した16話でようやく結ばれる。なぜそんなに時間を要したのか?それは、イ・サンがドギムを1人の人間として(彼女の職業である宮女としてのアイデンティティーを)尊重するまでの時間だったと考えている。
特にこの過程を通っているか否かという点は原作とドラマの大きな違いだ。
この作品において、ドギムの”宮女”としてのアイデンティティは大きな役割を占める。
それはタイトルである“옷소매 붉은 끝통”(赤い袖先)からも現れている。
このタイトルは宮女の象徴として2つの意味を読み取ることができると考える。
1つ目は王の女性としての象徴として
もう1つが作者がこの物語で意味を加えた意味、宮女としての矜持だ。
作者はこのタイトルに対して以下のように語っている。
このドラマ全体を貫通する「自ら選択をして生きようとする」テーマを宮女時代のドギムの生き様を通して視聴者に伝えたこのドラマを一言で明確に説明するタイトルだ。
またドラマと原作の小説ではストーリーラインに大きな違いが存在する。
皇太子時代に正祖の皇位即位に対しての防御しようとする、提調尚宮 (제조상궁 조씨)との戦いのストーリーラインだ。このストーリーラインは、前半の大きな軸の1つだ。その敵勢力となる提調尚宮 (제조상궁 조씨)の口癖が宮女としてのプライドを持つというアイデンティティを強調しその後のドギムの考えを支える役割を果たす。
一方で実際の正祖は当時の身分制度に対して厳格に考えており、その考え方に対して自由でなかった。特に宮女に対しての認識も当時の認識と大して変わらなかった。
(正祖は民を考えられる王だった。実際に政策をいくつも立てたとされる。代表例は水原華城を作る以前は民は賦役として強制的に労働に駆り出されていた。しかし正祖は全ての人員に対して報酬を支給した。その結果水原華城はわずか34か月で完成した。ただ、宮女等自分の身近な人間に対してはとても厳しい性格だったという。)
それはいくつかのセリフからもうかがえる。
サンは宮女に対して「しがない(하찮다)」とか「宮女など(궁녀 따위)」という言葉を使う。
それに対して덕임は常に宮女を하찮다 (大したことではない、しがない、些細だ、下賎だ)として無視されること、尊重されないことに対してに対して抗意を示している。
自分の身分を隠してドギムを騙していたことに対して悪びれもしないイ・サンに対して自ら謝ることを学べと諭す。
宮女を誘拐するなど暴走したホン・ドンノの行動を全て把握しておきながらすぐ宮女を助け出さなかったイ・サンに対してもこう訴える。
サンは王になった後も、ドギムに対して感情はあるものの後宮になりたくないドギムはサンを避け続ける。自分の思い通りにいかないドギムを王という立場を利用して強制的にドギムを自分のものにしようとする欲望と葛藤する。
しかし、最終的にその道を選ばなかった。
王としての義務の範囲で彼女の宮女としてのアイデンティティーを最大限尊重することを選んだ。
そしてドギムが私通(他の男性と情を交わした)の罪に問われ、大妃(先代の正室)にドギムを救うための条件を正祖に提示した時、こう返した。
「ドギム、私はお前に謝ることができない。王としてしなければならないことをしたので、後悔はしていない」というセリフにあるようにもちろん彼は王であることをやめなかった。彼女の心情、立場よりも王である自分を優先する。
けれど彼が宮女を尊重し、そして宮女としてのアイデンティティを尊重しようとする姿勢に辿り着くまで数話の時間を要した。そこまで時間を割いた理由、原作になかった過程を追加したのには、時代劇としての身分差、男女差を考慮しながらも王としてできるギリギリのラインまで、2人を互いに尊重を基盤とした対等な関係を描こうとする製作陣の意図が現れてたのではないかと考える。
テーマ③「封建制度(家父長制)の中で消える”自分“」
ドギムはイ・サンの愛を拒絶し続ける。
愛した人が「王」の女性になった瞬間、自分の全てが消えてしまう。宮女としての「自分」、そこで培った能力も経験も後宮に入ったら必要とされなくなりただ「王の女性」であると求められる。友人とも同じ立場で接することはできなくなる。例え、子を産んでも「皇太子の生母」であり、もうだれも「ドギム」と呼んでくれる人はいなくなる。
このテーマは現代でも共通する。実際中国で2020年に放映されたドラマ「三十而已」での一場面にこんなセリフがある。
家父長制の中では、結婚・出産によって女性は今までの自分から誰かのための「役割」をこなすことが優先される。1人の人格を持った人間ではなく「母」として「妻」として扱われて自己犠牲が美徳となる。
また、当時女性の存在意義というのは男性に依拠していた。誰かの「妻」「娘」「母」以外で存在することはほぼ不可能だった。それは名前からも表れている。ドギムも後世残った名前は宜嬪 成氏であり、その名前は正祖の妻である「宜嬪」、父の姓である「成氏」の2つの部分で構成されている。
そこに王を中心とした封建社会による身分制度が加わると、制限はより苛烈になる。王の寵愛を受けることが、彼女の存在意義でありそれ以外を求められていなかったし、それ以外を持つことを許容もされなかった。
その現実をドギムは誰よりも理解しており、自分の意志を持って生きるため抵抗を続ける。その姿勢を維持することは、厳格な身分制度と儒教の男尊女卑に基づいた社会だった朝鮮王朝時代では今に比べて想像できないほど困難なことだ。
最終的には彼女は後宮になった。そして後宮になった後、宮女という自分の場所、友達とは今までのように「友達」ではないられなくなる。
しかし、彼女は王以外の要素を最後まで離そうとしなかった。それが一番に表現されていた部分が友の部分だ。特に最後キョンヒが他の男性と情を交わしたとして罪に問われとわかった時、彼女は牢屋まで訪れる。助けられないとわかっていながらもだ。そして、最後死ぬ前にイ・サンを呼ぶのではなく友であった2人を呼んでこいと命じた。
この2点の行動からも、王という巨大な自分の与えられた存在意義ではなく、自分が築いたそれ以外の存在意義も最後まで保とうとしたと言える。
「好き」「愛」といった2人の関係(結果)のみに集中して、しばし一対一、個人の関係の一種であることを忘れる。
相互の尊重の上に立った(時代背景の制限の中で最大限に)対等な関係性をドラマは描こうとした②であげた。そして尊重の関係において愛はその人のあくまでも一要素であり、他の要素も共存しうる。ドギムの場合は王を愛しながらも自分のアイデンティティーである宮女としての自分、過去に築いてきた自分も共存しうる。
しかし、朝鮮王朝時代の王との関係で後宮の立場であるドギムはそれが許されなかった。後宮になった瞬間、自分の仕事である宮女は奪われ、友との関係性が変わってしまった。一方で王には常に保証されていた。以前の通り王である仕事は変わらずできて、以前の人間関係も変わらない。王には許されていて、ドギムには許されなかったという非対称性が明確に描かれている。
その不均衡さに自ら自覚し、その不均衡さに気づかず振る舞った方が楽になれることを知っていながら、それをドギムは最後まで選択しなかった姿勢がこの作品の中で最初から最後まで貫かれている。
まとめ
以上のようにこの作品を3点のポイントに絞って記述した。
王が彼女は愛したという記録だけ残っていて、彼女の視点は記録は残されなかったという非対称性に対する投げかけ
身分制度が徹底された時代性の制約の中で、王が宮女であるドギムのアイデンティティを最大限に尊重した上での関係を描いた点
②で尊重があった上の関係であったとしても、家父長制、封建制度の中で今まで築いた自分を奪われていく状態の中で、それでも自分を失なわないように抵抗を続けたドギムの姿勢。
繰り返しになるがドギム(宜嬪 成氏)は、現在歴史として残されている記録にはほとんど「王の後宮」としての記録しか存在しない。そのため、彼女がどのような人でどのような考えを持っていたかという人に対しては、現在できることは想像しかできず、先述した通り原作者は想像を使ってその空白を埋めていった。
それは何を書いてもそれは「フィクション」に集約されてしまう可能性がある。しかし、忘れてはいけないのは「歴史」は徹底的に女性について徹底的に抜け落ちた記録だということだ。しかしずっと昔から女性は存在していた。ドギムも自分の考えがあり、一個人であった。その偏りがある中でドギムはどのような人だったのかという点を想像しながら小説として埋めていく行為は、今現在当たり前のように捉えられている「歴史」には明らかに女性の歴史が抜け落ちているという事実を常に私たちに訴えかけているのではないか。そのような意味で私はこのドラマはフェミニズムの時代劇と解釈できると考える。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?