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病気か、怪異か
少し前にカクヨムで「夫の日記を読んで下さい」というショートホラーを書いた。少しだけそれに関係する話。
(https://kakuyomu.jp/works/16818093079418380919)
物語になる怪異
幽霊、モンスター、ヒトコワ。ホラーのテーマとなるものは、そう多くない。例えば「チャイルド・プレイ」は怖さのメインは人形にあっても、その実「幽霊・モンスター・ヒトコワ」のハイブリッドであるし、「テキサス・チェーンソー」だって突き詰めて言えば「ヒトコワ」映画である。ゾンビは要するに「幽霊」と「モンスター」を足して2で割ったようなものだし、大抵のゾンビ映画は「ヒトコワ」を描く。
と、いうように、ほとんどのホラー作品がこの三要素の掛け合わせだと思う。
SFもホラーの舞台として忘れてはいけない要素の一つだ。「エイリアン」や「プレデター」なんかも、初めて見た時は本当に怖かった(また年齢がバレそうだが……)。「2001年宇宙の旅」なんかも、ジャンルとしてはホラー映画ではないが、ホラーとしても素晴らしく怖い。
また「結果的にSFだった」みたいなものも、けっこうあるように思う。ネタバレは避けたいので具体名は書かないが「実はシミュレーションの中の世界でした」とか「宇宙人の仕業でした」とか、名作と呼ばれるものの中にも少なからずある。中には段々と壮大になりすぎて「こんなのもうSFじゃん」みたいなものもあって、それは個人的にはかなり好きではないのだが……その話はまた今度。
最近は「名もなき神」と言えるようなもの、「因習村」と呼ばれるものなども多く見られる。民話レベルはもちろん昔から根強くあるテーマだが、洒落怖ブームから再燃して、定着していったテーマに感じる。
アジアンホラーとの親和性が高く、日本以外でも近年良作が多く作られているジャンルだと思う。
さて、ホラーにはこれらに含まれない要素が他にもある。そのひとつが「病気」だ。
「病気」「病気?」「病気じゃない」
例えば昨今の"ゾンビもの"は病気が原因であることが多い。名作「エクソシスト」のように、「病気かしら?」と始まって「病気じゃない」となる展開もよくあるパターンだ。
「サイコホラー」と呼ばれるジャンルは要するにヒトコワだが、精神を病んだ人間の恐ろしさをテーマにしている。
前置きが長くなったが、今回話したいのは、物語の最後まで病気か病気じゃないかがわからないもの、或いは最後まで観て・読んでから「これって病気なんじゃ……」となるものについてだ。
「エクソシスト」は演出から見ても「実際に悪魔が取り憑いた」作品であることは間違いないだろう。作り手側が「これは病気でない」とメッセージを送っているように(私は)思う。
しかし、古今東西、悪魔憑きや犬神憑きというものは、その多くのケースで精神疾患が原因と考えられる(もちろん「本物」の存在は否定しないが)。妄想、幻覚、或いは統合失調症の様な症状は、普通では感じることの出来ないものが「視えてしまう」「聞こえてしまう」「感じてしまう」。幽霊もの(特に何かに取り憑かれたというもの)のほとんどは、無粋にも「病気じゃない?」の一言で説明できてしまう。後はその病気なのが主人公なのか周囲の人物なのか、だ。
病気、とまではいかなくても「パニック」「ヒステリー(集団ヒステリー)」、そういったものが、その場にありもしないものを創り出してしまうことは現実にも起こり得る。それをホラーと見るか、哀しい実話と見るか、創作物においては結局のところ演出のさじ加減なのだ。
診断と治療、そして──
ホラー作品の中でも度々見られる描写だが【怪異を体験するした人間が「病気かしら?」と自分を疑い、病院へ行くき、何かしらの診断を受け、治療をする】という、至極真っ当な行動は、創作に関わらず現実でもあり得る行動だ。
問題はそこからなのである。治療が上手くいき、症状(=怪異)が落ち着いたり治まったりすれば、それは即ち「病気だったね」「治って良かったね」というだけの話で、ホラーでも何でもない。
では、良くならなかった場合は? 症状(=怪異)は起き続け、患者が「これは病気でない」と判断する可能性が高まる。
創作ホラーの中では、その原因が幽霊や悪魔に取り憑かれているとか、呪われているだとか、血筋や因習めいたものに起因しているだとか、そういったオカルティックなものへと結びついていく。そしてそれはオカルティックな方法での解決(またはバッドエンド)へと続いていく。
救われない人々
現実ではどうだろうか。もちろんエクソシズムは実在するし、呪いめいたものが精神疾患を好転させる事例もある。しかし、それは稀な例だろう。「自分は病気でない」と決めつけ、通院や治療を拒めば、そこに待っているのは怪異に溢れた世界だ。そう、現実にこそ、終わりのない怪異へと囚われる可能性に満ちているのだ。
創作の中でも同じように、救われぬまま非業の死を遂げる主人公以外の名もなき人達は多く見られる。むしろその人達こそリアルで、主人公達の方がアンリアルと言えるかも知れない。
現実とホラー世界の違い
今回は「これって病気じゃない?」と思わせるようなホラーの話をした。結局のところ、現実とホラー世界の差は【正確な診断と適切な治療が行われるかどうか】しかなく、それが為されなかった場合においては、現実もホラー世界も当事者にとっては大差がないのではと思う。
おわりに
ホラー作品を観ていて「いや、まず病院に行った方が……」と思うことがある。その芽を潰さないままに話が進んでいくと、最終的に「これって病気だったんじゃ……」となってしまう。意図的にその可能性を残す手法もありだが、それが効果的になっていないのであれば、やはりまずは病院(場合によっては警察)へ向かうことが重要だと私は思う。それは現実においても同じことだ。