植林、アツシと
自転車でアツシのおやじの現場に行った。
中2の夏休み。
そこは山の中腹で、いつもの遊び場(そのときはダムを目指していた)の途中にあった。山の一角、ヒバを出荷して跡地を整地してまた、新しい苗木を植えるのだ。
急な崖になったその現場は、上が見えないほど。
道路の脇にその現場のための道、人が並んで歩けるくらいの道が切り開かれていて、相当大きい現場だとわかった。道路際に車を止められるほどの空き地が作られ、トラックと乗用車、何に使うかわからない四角い機械が崖っぷちに危うく並んで置いてあった。
二人は自転車を慎重に山際にとめると、仔細気に見渡した。いっちょ前の気分。
クルマとはちょっと離れたところに、苗木が束になって積んであった。ビニールをかぶっているのもあった。今日の一日分なんだ、とアツシは言う。
「ふうん」
とっちゃんがもうちょっと見ようと苗の方に歩こうとすると
「とっちゃん、いこうぜ」
と、アツシが言った。アツシは(親父に見つかったら手伝わされる)と気づいたのだ。さっさと自転車にまたがる。
「おーい」
はるか上の方から声が降ってきた。おやっさんが崖の上から手を振っていた。
「アツシー、手伝ってけぇ」
おーい、というくらいの間が開いて、
「そこから苗木をあげてくれ」
とさっきより大きな声で怒鳴るように言った。
苗木はひょろひょろだが、何本も縛ったら結構重い。以前手伝ったアツシは知っている。
「とっちゃん、ごめんな」
アツシはしぶしぶ自転車から降りた。背負子が何個も置いてあって、それにぎっちり縛るのだ。ばらけたらそれ自体迷惑だし(一緒に歩いている人がケガすることもある)、山道でばらけて縛り直すのは困難だ。
アツシは親父が自慢だったから、ちょっととっちゃんに見せたかっただけだ。こうなることはわかっていたのに、と後悔した。とっちゃんは気にしないだろうけど、手伝わせることになっちゃって悪かった。巻き込む気は、そう、自分も巻き込まれる気はさらさらなかったんだ、さっきまで。
でもそれはアツシの気持ち。
とっちゃんは別に何とも思ってなかった。そこになんかがあればやる、それも遊びの範疇だった。遊び?遊びとは違うな、暮らし方そのものと言ったところとか。自然なことだったことは確か。その流儀でとっちゃんは何でもやってきた。今日もいい日だ。
苗を縛りながらも、もう汗まみれだ、太陽がじりじりと背中を焼く。自転車で走っていた時は気づかなかった太陽の暑さが体にまといつく。
それぞれに苗を縛ったら、とっちゃんの荷はアツシの倍もになっていた。とっちゃんはそこにある苗をとりあえず全部上げる気。二人で山の上まで強力だ。
山道に入ると、すっと汗が引いた。なんだか荷まで軽くなった気がする。
林は木を切った匂いがまだ残っていてすがすがしい風が渡って行った。
禿坊主になった現場はもっともっと上だ。
すがすがしい、と思ったのは一瞬だった。急な坂を上がり始めたら、また汗が噴き出してきた。荷が肩に食い込む。中学生の華奢な方には背負子はキツイ。
急ごしらえの山道は1回雨が来ると路肩が怪しくなる。山の背に沿ってアツシ、とっちゃんの順に進む。アツシがこけたら踏ん張らないといけない。とっちゃんは慎重に木の根を踏んで進んだ。木の根は滑るので避けるのがいい。だけど、こんな道では木の根に引っ掛けて進んだ方が安全だ。
道はイロハ坂流に切り返しながら上に行く。
アツシのおやじ(おやっさん)が叫んだ場所まで来た。苗を取りに来たおやっさんはアツシの姿を見て、持ってこさそうと思ったのだろう、そして息子を信じて上に戻ったのだ。
さっきより下草が減って歩きやすい。おやっさんは鉈で枝を払いながら上がったに違いない。
下の景色が見えた。山あいなので、町の全部はみえない。その向こうに海が広がっていた。風が上がってくる。
「ふぅ」
アツシが笑った。互いに荷がずれていないか確認した。
「いこうぜ、今度はとっちゃんが先に行けよ」
「うん」
今度はアツシが踏ん張る番だ。おやっさんがいた場所から倍も歩いたら、開けた場所に出た。そこが現場だった。斜面全体に、竹の支柱がいくつも立っている。それを取り囲むように桜やタモノキの林が取り巻いていた。
林から出ると急に太陽が威力を発揮しだした。それまでも汗みずくだったのに、首の後ろにプッと汗玉が浮いた。風が吹いた。
背負子を下して苗をそろえた。二人分、けっこうな量に見える。背負子の上ではぎっちり縛ってあったのでコンパクトに見えていたのだ。
「おやじぃ、持ってきたぞ」
おやっさんが上の方で竹の支柱に何かを取りつけていた。他にもう一人背の高い、長袖長ズボンの男の人が一緒に何か引っ張っていた。
おやっさんは身軽に降りてきて、苗の束を受け取った。
「助かる」
と言った。おやっさんと若い衆(し)が二人、それまで交代で荷揚げをしながらの作業ではかがいかなくてね、としゃべった。
アツシは一度で音を上げて、もう行かないと愚痴ったが、その日は最後まで荷揚げに付き合った。
とっちゃんは初めての植林が面白くて、次の日も顔を出したら、おやっさんが喜んでくれた。
その日の現場は、昨日より少し上に移っていた。反対の斜面で、そこから下へ3カ所くらい、地盤が緩まないように地の森を残しながら適地に植林をしていく。
当時はヒバは良い値で売れて、地主も熱心だった。