とっちゃんの四季。夏。日高山脈の中の近所の山
道の先に山があった。で、中学1年のとき、次の年の春に行くことにした。え?夏山でしょ?ふつう。それが違うのだ。
カムイ岳から襟裳岬までの縦走を考えた。目の前の山を見たらなんだかできそうな気がした。
だけど、途中に難所があるのを知っていた。切り立った崖、両線の両側がスパンと切れた場所があり、だれも夏は通らない。アタックするとしたら、200mくらい下まで降りて、難所を回避、尾根に戻るのだ。これだけで一日仕事。そんなことやりたくない。中1のとっちゃんは考えた。
冬は尾根に雪が張り付いて人が歩くくらいの道ができる。縦走した人はみなこれを狙う。
そうか、冬なら歩けるかもしれない。中1のとっちゃんもそう思った。
では夏に何をするか?準備である。
春先、雪がある時に行く。何故なら夏は笹藪が濃いから。非力なとっちゃんは雪でペタンコの地面を行くしかない。そして身軽に歩きたいから、荷物は最低限。食料は秋までに山に貯蔵しておく。
考えたのは一斗缶。その中に3分の1くらい干飯とデントコーンなどを入れておく(満杯にしたら上に上げられない)。そして1キロに1カ所くらいの距離に木の上に縛り付けておく。
とっちゃんはそれだけの準備に夏中を費やした。
家族が外出(両親は働きに、姉たちは学校のクラブ活動)したあと、とっちゃんは飯を炊く(竈だから熱い)。冷ましてパラパラにして干す。
あっつい太陽のもと2時間もするとカンカラになる。
デントコーンも茹でて干す。飼料用のトウモロコシだが、干して噛み締めると甘い味がする。
一斗缶一つ分を作ったら、背負子に括り付けて山道を登る。虫との戦い。それでも、気に入った木に括り付けたら、まっすぐに下山する。2つ目はもう少し山の中、熊におびえながら、下から見えない場所にしっかりとくくる。
下山したら虫に刺されたところが腫れる、熱が出る。かあさんが怒る。
三缶目が終わったところで夏も終わった。
さて。結果である。
夏が過ぎ、秋も過ぎて雪が降った。春先、雪も締まって道が見えている。虫もいない、熊もまだ出てこない時期だ。とっちゃんは勇んで出かけた。
最初の一斗缶は叩き落されていた。二つ目は凹んでひしゃげていてからだった。3つ目は影も形もない。どう見ても秋の熊の仕業だろう。
夏、笹薮にはばなれて山道を歩けなくなる。と言ってもある程度までは山のぼれる。笹薮を避けて、道が開かれて・・といった場所もあるのだ。
でも、ある程度。目の前を笹薮が壁になる地点に出くわす。それほどびっしりと生えているのだ。笹と言っても2センチ直径くらいの竹とまがう太い笹だ。それが隙間なくひゅんひゅん上に向かう。分けて歩くのは難しいし、鉈で道を開くのも難しい。上に上がればスルスルと滑って谷へ向かう。
行き止まりの道、探した大木の幹に取り付いて、喘ぎながら5メートルも上る、背負った一斗缶を枝にしっかり括り付けた。下から見えないように慎重に枝を選んだつもりだ。
「よし」
一斗缶をくくり終えたら、笹薮めがけて落下する、ふわんふわんと受け止めてくれるから、笹の上を泳いで山を降りる。上るのは半日掛かりだが降りるのは簡単だ。
倒され落ちた一斗缶を見ながら考える。
冬は笹薮に雪が積もって5メートルが3メートルくらいの地面になっただろう。熊にとってはあと2メートルなんて簡単だったろう。前足で部員、と叩いたら、一斗缶がひしゃげるのも仕方ない。厳しい冬、人間が触っているのだ、良い匂いがしたに違いない。
食料なしで行くのは無理だ。貴重な飯は悔やまれる。
「ふん」
さっさと山を後にした。
実は。あきらめきれなくて、次の夏も一斗缶を作った。
そして、去年より高く縛り付けて夏を終えた。
春。まだ冬が十分残っているうちにナップサック一つ背負って登山口から登った。食料はやられてしまっていた。
「ふん」
さっさと山を後にした。
はるこは考えた。もし食料があったらとっちゃんは前に進んだだろう。そしてもっと大きな危険に直面しただろう。熊に命を拾ってもらったんじゃないかなぁ。