新春SPドラマ『スロウトレイン』|いつかその車窓から見える景色を考える
なんていいドラマをお正月にやってくれたんだ!
松たか子主演の新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』。
穏やかで明るくて、でも少し寂しくて、静か。
ひとりひとりの幸せを、
幸せでも感じる寂しさを、
その人の中にある孤独を、
強さを、
相手を思う優しさを、
ただ生きるということを、
ゆっくりと見せてくれたドラマでした。
さすが土井裕泰。
さすが野木亜紀子。
期待している人間に、ちゃんと期待しているもの以上のものを見せてくれる。期待している時点で上がっているハードルを、悠に飛び越えくれる爽快感がいつもあります。
脚本の野木亜紀子さんはもちろんですけど、演出の土井裕泰さんも名前で人を呼べる方ですよね。
TBSのテレビドラマの演出家として(有名ドラマが多すぎてどれを代表作にしたらいいのかわからなかったのでWikipediaをご覧ください!)名だたる大ヒットドラマの演出をされているのはもちろん、『いま、会いにゆきます』や『涙そうそう』などの映画監督としても有名。私は『いま、会いにゆきます』の監督として認識したので、その後ドラマのクレジットで名前をお見かけして、「ドラマの演出もするんだ!」と驚いたことを覚えています。
そんな土井裕泰さんが2024年春に還暦を迎え、「一つ区切りとなるような作品を」と考えて野木亜紀子さんに声をかけたのが、こちらの『スロウトレイン』らしいです。
私は冬休み最終日の1月5日の夜に録画を見たんですけど、「明日からまた仕事頑張らないとなぁ」という気持ちになりました。
「よし!明日からも頑張ろう!」とか、「今年はもっとやってやろう!」とか、そういう力の入った感じではなく、「また頑張るかぁ」という感じで、なんとなく「ちゃんと生きていきたいな」と思わせてくれる魅力があったと思います。
ドラマは、交通事故で両親と祖母を一度に亡くした3人の姉弟を中心としたホームドラマ。
ずっと3人で暮らしてきた姉弟が、「3人での幸せ」から「それぞれの幸せ」と向き合う物語です。
国籍が違っても、相手が同性でも、恋をして幸せになることはできるし、もちろん恋人がいなくても幸せでいることはできる。
「幸せ」には本当にいろんな種類があって、
何かを選べば何かを選べなかったり、
自分以外の誰かを羨ましく思ったり、
自分は「幸せ」だと思っていても周りからはそう見られなかったり、
周囲からの評価が自分の幸せに繋がったり、
もっともっとと求めてしまったり、
本当にやっかいなものだと思います。
葉子(松たか子)が結婚していないのは両親が死んでまだ幼かった自分たちの面倒を見る必要があったからだと思っている都子(多部未華子)と潮(松坂桃李)に、葉子は「私は自分がやりたいように生きてきて、これっぽちも犠牲になんてなってない」と伝えます。
きらきらした「幸せ」に慣れておらず臆病になってしまっている都子と潮の背中を、葉子は軽やかに、強く押してくれます。
そして、「3人」から初めて「1人」になった葉子は、ここで初めて「寂しさ」というものを理解します。
それでも、寂しいからと言って、不幸なわけではない。
やりがいのある仕事をして、テレビを見ながら笑ってごはんを食べ、とても広く感じる家で「寂しさ」の気配を感じても、日々は穏やかに流れるし、それなりに楽しい。
ラストの、葉子から亡くなった両親へのモノローグが本当に素敵でした。
葉子「私は子どもを残しません。あなたから見ればそれは寂しいことでしょう。だけど案外楽しくやっています。日々を営み、ただ生きて、生きて、生きて。ただ生きて、小さな時間を過ごしています。そして、ひとつの命として、消えていくのです」
一見寂しくも感じるモノローグですが、なんて静かで穏やかで、力強いんだろうと思いました。
ただ生きる。
ただ生きて、小さな時間を積み上げて、ひとつの命として消えていく。
そこにあるのは圧倒的な「幸せ」ではないけれど、自分の力で立ち、日々を過ごしている「葉子」という人を見ると、もうそれで十分に思えます。
社会に対して何かすごい意義のある仕事をしているわけじゃない。多くの人に影響を与えられるような才能があるわけでもない。
それでも、自分にできる範囲の中で、自分のできる限りの力で目の前の仕事に取り組むこと。家族の幸せを喜ぶこと。気の合う友人と食事すること。そうやって、私を含めた特別ではない多くの人が、ただ生きている。
そして、それはなんだかとても、悪くない。
裕福な人や才能あふれる人を見たりすると、もっともっと、と思うこともありますし、上を見たらキリがなくて、私はなんで「ここ」なのかなと思うことも沢山あります。
けれど、葉子を見ていると、極めて普通な私の人生も悪くないなと思えました。葉子が自分の人生を肯定しているように、私も自分の人生を肯定してあげたくなったのかもしれません。
葉子が1人で年越しを迎え、リビングのソファーで寝てしまって目が覚めた時、都子や潮たちの声がしたの嬉しかったですよね!
それぞれの恋人たちと、元旦は鎌倉の葉子のところに帰ろうかと話して来てくれたんだと思うとこちらまで嬉しくて、照れ臭くて、起きるのが勿体無いような幸せな気持ちになりました。
小さな幸せを、ちゃんと「幸せだ」と感じられる幸せ。「幸せ」は実はとてもシンプルなものだと気づかせてくれます。
『スロウトレイン』というタイトルの通り、葉子は人生を電車に例えます。
葉子「小さな私たちの小さな営みは、どこへ繋がっていくのでしょう。真新しい滑らかなレールが運んでくれることでしょう。連綿と続く私たちの営みをすべて乗せて、いつかの、遠い彼方まで」
私の人生は今のところ、まだ小さい子供たち2人がいつもそばにいて、当たり前のように隣には夫がいて、「寂しさ」からは程遠い毎日を過ごしています。
けれど、私もいつかその「寂しさ」を感じる時がくるのかもしれません。
その時、車窓からはどんな景色が見えるのかなと静かに想像します。
たくさんの駅を通り過ぎ、たくさんの景色を見てきた思い出を乗せて、レールの遠い彼方で、私はどんな景色を見るのか、ちょっと怖くて、ほんの少しだけ興味があります。
このドラマのことを一瞬でも思い出すのか、
全く思い出さないのか、
寂しくて仕方ないのか、
寂しいけれど穏やかな気持ちなのか。
できればずっとずっと先だといいなと思いつつ、そんなことを考えたドラマ『スロウトレイン』でした。
おしまい。
ドラマの中で桃李くんが白のタートルネック着てました!!!
ナダルが着たことで大多数の男性が避けることになった白のタートルネック……
白のタートルを着ていることにしばらく気付けないくらい桃李くんは白のタートル似合ってました。イケメン恐るべし。
プサンですけど「かまくら」です。
鎌倉だけど、渋谷家にようこそ。
そんなやりとりも可愛かった!