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ペニー・レイン

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若かりし頃に書いた短編小説です。全22章+あらすじ
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#小説

ペニー・レイン(あらすじ)

大学を卒業して以来、博物館で監視員のアルバイトをしている北川あまねは、代わり映えのしない生活を送っていたが、謎めいた初老の視覚障害者・槇村に出会い館内の案内したことを皮切りに、彼女の周囲はにわかに動き始める。 親しい間柄の先輩・可織は、結婚するために監視員の仕事を辞めると言い出し、恋人・響太からは突然の別れを告げられてしまう。失うことを恐れていなかった彼女にとって、それは現実味を帯びないものだったが、響太が本気であることは嫌というほど強く感じられた。だが、あまねは一方的に切

ペニー・レイン(1章)

ペニーレインはぼくの耳と目の中 あの青い郊外の空の下に ペニーレイン Penny Lane − The Beatles 1「ちびっ!ちびっ!」 「ちび、じゃないでしょ?『しび』よ、しび」 鋭角なセルフレームのメガネをかけた母親が、ろれつの回らない息子をたしなめている。うなじを薄っすらと濡らした男の子は必死に首を伸ばし、無造作に展示された巨大な鴟尾を見上げていた。 「ちょっと、触っちゃダメだからね」 母親はそう言って、鴟尾のそばに立つ監視員のあまねを窺ったが、彼女はそれを注

ペニー・レイン(2章)

2「ところでカレ、どんな人?」 「何がですか?」 あまねは頬を赤らめ、手に持ったメロンパンを見つめたままぶっきらぼうに答えた。 「ここでは、『ティファニー』なんか着けちゃいけないんじゃありませんこと?」 可織は、薬指に流し目を送りながら言った。 「外した方がいいですか?」 「いいんじゃない、それくらいなら。それに、外したくないでしょ?」 「……はい」 「で、カレは何してる人?」 「広告代理店でコピーライターやってます」 「へぇ、クリエイティブなカレってわけ。『おいしい生活

ペニー・レイン(4章)

4その日あまねは、平成館の中をぐるぐる回るだけのローテーションの真っ只中にあり、倦怠を感じていた。ここ数日可織が旅行で不在にしており退屈なことも手伝って、なおさら強く彼女に迫った。 そんな心境でぼんやりと時代の変遷に沿って歩いていると、無造作に並べられた埴輪コーナーの横で五歳くらいの女の子に出会った。女の子は、そのうちの一番大きいものと背比べをしているらしく、その丸いあごを思い切り突き上げている。 「ねぇ、おねえさん。私よりはにわちゃんの方が大きい?」 あまねの目には明らか

ペニー・レイン(3章)

3「もう、本当危ないわね、コレ」 階段の中腹を過ぎた辺りに例のゴージャスな貴婦人が佇み、手すりに向かってぶつぶつと呟いている。独り言にしてはかなり強い非難を帯びていて、否が応にもあまねの気を引いた。あまねは、ツキのないローテーションを恨みながらも、階段を下りて「何か?」と微笑みかけた。 「あら、またあなたね。さっきのことはちゃんと伝えた?それより、こんな作りじゃ手すりの意味ないでしょ。もっとお客様に優しくして欲しいものね」 確かに、そのスロープは壁に埋め込まれたようになって

ペニー・レイン(5章)

5「もしもし」 「話しても、大丈夫?」 「うん、帰り途中」 あまねは、なんとなく響太の声が聞きたくて、電話をかけていた。 「あのね、この前言い忘れたんだけど、今普段は出さない伎楽面の展示やってるよ」 「ギガクメン?お面?」 「うん。一年に一度だけ、より貴重なものを出すの」 「ふーん、見る価値ありそうだね。それも宝物館?」 「そう。私は十五時四十分から三十分間一階だから」 「じゃあ、そのくらいに行くよ」 「ありがとう。そうそう、今日すごい嫌なおばさんがいてさ。ああいう人って文

ペニー・レイン(6章)

6「オネサン、ギガァクメン、ハドコデスカ?」 あまねが訝しげに振り返ると、鼻をつまんだ響太がにやにやして立っていた。 「やめてよ、仕事中なんだから」 あまねは小声でたしなめ、澄ました顔をするように努めた。 「ココカ?ココデエエノンカ?」 響太はそんな風にふざけながらも、ガラスケースの中身に釘付けになっている。 「あのさ、さっきミュージアムショップ行ったんだけど、鳥獣戯画モチーフのジュエリーだけセール除外品なのは何故?売れ筋なわけ?」 「知らないよ。もう全部見てきたの?」

ペニー・レイン(7章)

7「あのさ、『まるまる焼き』って食べたことある?」 「何それ?」 「この間仕事で巣鴨に行ってさ、地蔵通りのとこに屋台が出てたんだよ。ネーミングが気になったけど、営業の先輩と一緒だったからちゃんと見れなくて」 「鶴岡八幡宮にあるやつとは違うの?」 「あれは『カルメ焼き』だろ。大方お好み焼きを丸めた程度のものなんだろうけど……そう、お好み焼きが価格破壊を起こしてたよ」 響太はいつも話題に事欠くことがなく、あまねの反応を見ながら話を変える。 「安いの?いくら?」 「百五十円。アツ

ペニー・レイン(8章)

8「北川さん、ちょっと」 あまねは、宝物館のシフトに入った途端、お局に呼び止められた。 「はい」 「悪いんだけど、お客さんに宝物館の案内してもらえる?受付は代わるから」 「案内、ですか?」 「大丈夫よ。どこに何があるか説明するだけなんだから」 あまねは、それなら自分でできるのにと思いながらも、素直にお局の命に従った。 「分かりました。何か注意することはありますか?」 「ううん、任せるわ。よろしくね」 お局があごをしゃくったその先には、赤茶色の革張りの椅子に座った、例の目の不

ペニー・レイン(9章)

9「ねぇ、あの店員さん“シスター”っぽい格好してない?ちょっと露出多いけど。新しいコスプレ系みたいな?」 「ちょっと、聞こえてますよ」 あまねはそう言ったものの、笑いをこらえるのに必死で全く説得力がなく、可織は可織で忌憚のない発言を続けた。 「声大きかった?だって、アキバの人たちの間ではいまだに人気なんでしょ?メイドカフェの甘味処バージョンなんていいじゃない」 「メイドカフェって、『いらっしゃいませ』が『お帰りなさいませ、ご主人さま』なんですよね」 「そうなの?斬新。ちょっ

ペニー・レイン(10章)

10「一昨日ね、例の目の不自由なおじさんを案内することになったんだ」 「へぇ、どうして?」 「どうしてって、宝物館を見たことないからだけど」 久しぶりに一日ゆっくり過ごせる時間を得たものの、響太はどこか不機嫌だった。パンケーキが食べたいという要望から、とりあえずファミリーレストランに入ったのだったが、会話はどことなく噛み合わず淀んでいた。 「それって、狙われてない?」 「狙われるって?」 「なんであまねが案内するの?『あの娘がイイ』って言ったとか」 「……どうしてそんなこと

ペニー・レイン(11章)

11「そもそも、あまねが卒業して以来、どこか釈然としないものがあるんだよね。しっくりこないって言った方がいいかな」 響太は、頬杖をつき小さくため息を吐いたあとで、おもむろに切り出した。 「何が?私と?」 「そう。やっぱり、関係性が変わったよ」 「具体的にどう変わったの?」 「馴れ合いの関係になった、かな」 「そう?」 「うん」 「それで?」 先刻とは打って変わって、あまねが迫るような形の会話になっていた。響太は、脱脂綿を詰められているみたいにもごもごと口を動かし、あまねはそ

ペニー・レイン(12章)

12「いたいた。あの方が、お礼を言いたいって」 休憩時間を迎え平成館に戻ってきたあまねを、お局が呼び止めた。 事態を飲み込めずにあたりを見回すと、エスカレーターに付き添うようにして立っている槇村がいた。 「それじゃ、お先」 お局のやり方は、中学生がお節介や冷やかしで男女を引き合わせるときのそれと似ていた。あまねは、空腹をこらえつつ歩み寄った。 「この間は大変お世話になりましたのに、ろくにお礼も言えませんで」 「いえ、あのくらいのことでしたら」 実際、あまねにとってはそれが

ペニー・レイン(15章)

15「どういう意味でしょうか?」 槇村は、汗を拭く手を止め、普段より抑揚のない声で言った。漆黒のサングラスの縁には、季節はずれの日差しが容赦なく降り注いでいる。 「さっき、槇村さんがソフトクリームを買ってくるって言ったとき、以前に同じことしたんじゃないかなって思ったんです」 「以前に同じことをした、ですか」 「ごめんなさい。変なこと言ってしまって」 「いいえ。確かに、その通りです。私は、何故かそのときもソフトクリームでも食べれば落ち着くだろうと思いました」 槇村の目は、サン