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20221020ワークショップ④豊平

開催日時:2022年10月22日 13:00~14:30
場所:グレイスヴィルまいづる-東京(Zoomオンライン)
内容:
2人の参加者とそれぞれ砂連尾さんが1対1でワーク。対話、動き。
1.KTさんと1対1で20分程度
2.Aさんと1対1で20分程度

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豊平豪(文化人類学・torindo)

 KTさんとのワークから砂連尾さんは丁寧に丁寧に円環する目の前に広がった時間を、石田さんはKTさんの「身体の奥にあった記憶(過去)」が周りを包み込む瞬間を読み解いている。そして、浦岡さんは「待つ」ということばから、奇しくも「豊かな時間が流れる」という表現を使っている。

 「繰り返し」と「時間」が、この日のとつとつダンスで全員が感じた「何か」への入り口のことばなのかもしれない。

 考えてみれば、この日にワークを行ったもう一人のAさんも、ワーク中、前回と同じく繰り返し繰り返し同じ歌に回帰していた。

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 砂連尾さんとずっと一緒にとつとつダンスをやっている西川勝さんの思考の軸のひとつに哲学者九鬼周造(1888-1941)がいる。その九鬼周造のテーマのひとつが「時間」だ。

 九鬼周造は東洋人、日本人に特徴的な時間観念を円環的、回帰的時間観念と位置付けて、ヨーロッパ的な直線的時間観念との統合を図ろうとした[『時間論』(岩波書房、2016)]。

 すごくざっくりいうと、直線的時間観念では、未来・現在・過去が同一直線状に配置され、過去から未来へと一方向にしか進まない不可逆的なものとして捉えられる。そしてその先には審判の日というか終末があったりする。西欧哲学がどんなに回帰的時間観念に言及したとしても(たとえばニーチェの永劫回帰)、大前提には時間の不可逆性があることになる。

 それに対し、円環的、回帰的時間観念では、繰り返されるものとして、現在、現時点に重点をおき、有から無へ、無から有へと移り変わる運動性の中に無限や永遠を垣間見る。
 
 認知症の人たちと砂連尾さんとの言語、身体を含めた全的なコミュニケーションをみていると<繰り返される時間>を否応なしに感じることがある。

 過去が現在と同時にあって、未来、現在、過去がぐるぐるまわったり伸び縮みする。「いつの話をしているのか」という問いかけが意味を失う瞬間がある。そこに無限や永遠を見出すことだって可能かもしれない。

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 ぼくが中学生のころ認知症の祖父はいつも家のなかをうろうろしていた。きびしい祖母は祖父の「失敗」に厳しく、1階の祖父母の住居スペースから2階のぼくら家族の住居スペースにはよく叫び声が聞こえていた。

 1階と2階の間に鍵はなく階段でつながっていたので、祖母から逃げ出した祖父はたまにぼくのところに這って現われ「妻に会いたい」と泣くこともあった。ちなみにぼく自身は祖父から父の名(つまり祖父にとっての息子の名)で呼ばれていた。

 そうか、認知症で現在の祖母のことも忘れてしまって、じいちゃんは過去に生きているのか。じいちゃんの世界にぼくはいないのだな(ぼくの世界にもじいちゃんはいない)。

 そう思っていた節がある。

 祖父は過去の世界の住人であって、現在の住人であるぼくとはずっと出会うこと、交わることはない、と整理していたような気がする。話も聞き流していた。

 でも考えてみれば、祖父は「妻に会いたい」という話を<現前しているぼく>に向けて語っていたわけだ。当たり前だけど、祖父はその時点でのまさにただなかの現在(いま)を生きていて、過去の世界になんか生きてはいない(そんなことは原理的に誰にもできない)。

 祖父は今まさに目の前にいるぼくに語りかけていたのに、当時のぼくは目の前に在る祖父を「いないこと」にしてコミュニケーションをとった気になっていたということになる。

 どんなに懸命に語っても相手にしてもらえなかった祖父は寂しかっただろうな、とふと思った。

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 ピアニストの向井山朋子さんに教えてもらった曲の中にオランダの作曲家シミオン・テン・ホルト作の「Canto Ostinato(カント・オスティナート)」がある。

 とにかく、ずっと反復する長い長いピアノ曲で何時間も弾かれることもある。向井山さんは超人的な体力でこの曲を弾く。

 ぼくはこの曲で繰り返されるリズムをずっと聴いていると時間がねじれて、過去も現在も未来も同時にあるような気がしてくる。

 認知症の人と砂連尾さんとのセッションが入り口になって垣間見える「何か」とこの曲にはとても近しいものがあるような気がする。寄せては返す波のようなリズムが重要な気がしている。

 反復するリズムに身体ごとまかせたときに、はじめて<目の前の人>と出会えるのかもしれない。そしてそのときにはもう「待つ」必要もない。

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