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フィルムが止まった

 午後8時。久々に服でも眺めるかな。
 巨大なターミナル駅からファッションビルに繋がる通路を僕は歩いていた。
 ロータリーに置かれたキャラクターのオブジェから放つ鮮やかな光や木々に点けられた青い電球や付近のビルの窓からの白い光。そしてごった返す人並でテーマパークか何かにいるような気分だ。

 遠くから生の歌声が聞こえた。

 歩いていくうちに次第に大きくなる若い女性の歌声。
 かなりうまい。
 のびやかで何か神がかりのようなものを感じさせる。こういうのを癒されるというんだろうな。
 僕は惹きつけられるようにエスカレーターで下へと下りる。高架になっている通路から下へと降りるとタクシー乗り場へとつながる広場があった。
 ひとだかりの向こうにキーボードを弾きながら歌う少女の姿が目に入る。
 
 この通路のような広場では週末になると何組かのバンドが演奏している。
 今、TVでちょいちょい見かける人気バンドもアマチュアの頃はここで路上ライブをしていたという。
 つまり本気で音楽で食っていこうという人たちが集まる場所だ。
 どのバンドも玄人はだしで、演奏する前には自分たちのCDが置いてあったり、ライブのパンフレットが置いてあったりした。

 おかっぱのさらさらした髪とゆったりとした白いワンピースを着た少女は澄んだ声を響かせている。
 3メートルぐらいの距離を空けて人々が聞き入っている。女子高校生のグループ、仕事帰りのサラリーマン、老夫婦。じつにさまざまだ。
 曲調はゆっくりで、みんなうっとりとした目をしている。中には曲にあわせ体をゆらしている人もいた。

 僕は突然デジャブを感じた。
 前にもこんなことがあったな。
 夜のターミナル駅、少女の歌声、昼間の暑さが嘘のような夜風。
 でもほんの一瞬のことだった。
 しかし僕は今のこの風景を一生忘れない気がした。

「さっきの風景は大学生の僕の一場面だとして残る」
 自宅のある街に向かう私鉄電車の中で思った。
 「せっかく来たのだから」と買ったシャツの入った紙袋が横にある。 
 下りの電車は空いていて冷房も快適だった。おかげでゆっくり考え事ができる。

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