たましいの約束を
すべて繋がってる前提で
それぞれの役割を、生まれる前にセッティングしてきた案を採用してます。心の中で。
娘とはそんな話もできたりして、嬉しい。いつも嬉しい、娘との話。こんなに映し出してくれる人がいるかしらん?
グリグリグリグリと、頭を撫で回してあげたい。
かわいい。
もう一人の我が子。息子はまた、ちがって面白い。
そういえば、子どものときに、蚊に刺されてて、その蚊をじっとみてたね、腕の上で。
吸ったら飛んでいくから、痒くないし、とつぶさなかった。
面白いやつだなー、と愛でてたけど。
そう、彼には、じっとそこにいる、ということでにじみ出る味がある。存在給的な。
その人生に、ああだ、こうだ、といろんなプレッシャーやストレスを、わたしの中では適切、と思うタイミングで図ったようにまたは図らずも(分量の加減ができず、すげー圧をかけることになったりしたが、、)渡してきて、
彼はそこで、学んだろう。
自分らでやるからいいよ、と言い捨てて行ったあの瞬間に、親離れ子離れが完成されていく道に入ったんだねー。
親はちょっと寂しい。
寂しいなんて気分を味わうことも、あるなんてねー。
ここにこそ、真実があるだろう、と大きな豊かさを彼の暮らしにイメージしてます。
どこでどう、セッティングされることになっても、充分満ち足りた自分であるように、
過去の彼にとらわれることなく
いま、躍動的にあってるであろう彼らと
歩を並べられるように。
そんな風にわたしを鼓舞する役目を、図らずも持つたましいの約束。