溶けない雪
ひとひらの雪が舞ってるのかと思った。小さな雪のカケラ。触れてみると溶けずに手のひらに残っている。
これはなに?ひらひらとした紙切れ。薄い和紙の切れ端。繊維が雪のように見える。どこから?顔を上げると3階の窓からふわふわと雪の和紙が舞い降りてきている。
階段を上がり切ると3階。リノリウムの床は冷え切ってきて、底冷えがするほどの寒さ。廊下の一番奥の部屋が雪の和紙を降らせているところだ。
引き扉にはリースが飾ってあった。柊の葉と赤い実が色の無い壁や扉に映えている。
躊躇してしまう。突然の訪問者に驚いてしまうだろう。黒いコートを着た私をもしかすると見間違うかもしれない。
ノックをして声をかける。
「はいどうぞ」
中からの声は明るい少女だった。
「迎えに来てくれたのかと思ったの」
笑いながら少女は言った。
だって黒尽くめだったんだもの、紅茶をすすめた少女自身は白湯だった。
「死神だったら良かった」
笑えないジョーク。
「雪だと思ったんでしょ?」
寒気が来たとはいえまだ初雪が降る気温でもなかった。
「雪が見たかったの」
和紙を小さく千切りながらそう言った。指が折れてしまいそうなくらいか細い。
「折り鶴なの」
和紙には折り目がついていて、その通りに折ってゆくと鶴になった。
「たくさん鶴をもらったのだけど、こんなに要らないもの」
ピリピリと細かく裂いてゆく。一羽の鶴が手のひらいっぱいの雪になった。
一羽を雪にすると窓を開けて手を大きく広げてる。風に舞った和紙はふわりふわりと雪のように地に落ちてゆく。
「雪が降る頃には見れないから」
少女には頭髪がなくニット帽を被っていた。
雪を見たかった---少女は願いを叶えられずに遠く彼方へ行ってしまった。
空から降る雪を見ると思い出してしまう。あの時の溶けない雪を。そして少女を。