人生こういうことでいいのかも
平日の音威子府スキー場は、ほぼ貸し切り状態だ。
去年、私たちはふかふかの深雪を滑って楽しんでいた。
少し歳をとっているけれども、飛んだり跳ねたりしなければ、スノーボードは49歳でも十分楽しめる遊びだ。
少し前をすいすいと滑っていくトド夫は54歳。
そのあだ名のとおり、重たいからだなのに、案外に運動ができる。
スノボもお手のものだ。
「いつまでできるかねえ」
ロッジで休んでいるときに、私がぼそっと言うと
「何言ってんの。できる限りやるよ!」とトド夫に即答された。
トド夫の前向き姿勢は今に始まったことではない。
マイペースでなまけものの私は、母親のうしろについていくひな鳥のように、トド夫に追いつくので精いっぱいだ。
トド夫と一緒にいると、休日になると旅に出たり、平日でも外食したりする。
最初は「ゆっくりしようよ」とぶうぶう文句を言っていたが、いつのまにか慣れてしまい、次はどこに行こうかと私が計画を立てたりし始めたのであった。
ひとって変わるもんだなあと実感もしてるし、相方がいるのも楽しいなと、しみじみ思ったものである。
ずっと独身だった私は、他人といると疲れるな、と思っていた。
他人様の前にでると、頑張って気を張って、社会用の仮面をつけているような感じだった。
大げさにいうと演技していたし、肩が凝った。
自宅に帰ると、どっと疲れがでた。
彼氏ができても気を張ってしまい、仕事が忙しくなると会うのが面倒くさくなり、関係が終わることが多かった。
それが、50歳を目の前にして、トド夫が現れた。
トド夫はお世辞とかをあまり言うことがなく、本気で思ってることしか言わない。
なので、口も相当悪いが、裏がなくて素直である。
私は、トド夫の前なら、おならもし放題だし、朝の枕によだれを垂れても笑われて終わりで、ぼさぼさの髪でも平気で、とにかく気を使わないで済んだ。
なんだ、家族になるってこういうことか、と思った。
わかっていたようでわかってなかったことだった。
余生、楽しいじゃん。と思っていた。
のだが。
トド夫が急に「俺の残りの人生を音威子府に賭ける!」と言い出した。
去年の夏のことだ。
「おいおい、二人で穏やかに過ごすんじゃないのか」と言いたくなる気持ちはあったが、とりあえずトド夫の話を聞いてみることにした。
きっかけは、音威子府に住んでいた伯父たちが、札幌に引っ越すという話がでたことから始まった。住んでいた家は壊すという。
壊すのなら使いたい、ということで伯父たちの家を、私たちが譲り受けることになったのだ。
「あの家は使える」とトド夫が突然、言い出したのだ。
トド夫は、こうみえて(失礼だが)一級建築士だ。
北海道の建築構造の世界では名が知られているらしく、友達も多い。
知り合いの建築士には、北海道の地域おこしに係わっているひともいる。
「まずはカフェをやろう」
トド夫の壮大な音威子府の地域おこし計画の一端として、カフェ計画が始まった。
「えっ、私が店長なのかい?」
「もちろん」
確かに、トド夫は本業で手一杯である。副業をやる余裕はほぼない。
というわけで、単に近くにいた私になった。
会社員から自営業になるというので、父の反対にあったり、母の心配にあったり、伯父の了解を得たりしながら、結局家ではなく、国道40号線沿いにあった車庫を改造して、カフェをやることになった。
トド夫の知り合いの建築士さんにイメージをラフで描いてもらったり、リフォームをおといねっぷ高校の生徒さんに手伝ってもらったりしたおかげで、予定通りカフェをオープンすることができた。
その間、トド夫とのケンカが頻繁に起きた。
事業をやるのだから、当然お互いの意見に食い違いがおきる。
二人とも言いたい放題言うので、議論が白熱し、ケンカみたいな調子になる。
あるとき、トド夫は怒って札幌に帰ってしまった。
それにキレる私と、さらにキレ散らかすトド夫。
そのときは実際どうなることかと思ったが、ちゃんとトド夫は週末になると音威子府に帰ってきたし、私もおかえりと自然に受け入れるのであった。
穏やかな生活はどこにいったんだと思ったが、ケンカしながら関係が深まってる部分もいなめない。
浮気とかでケンカしているわけじゃないから、まあ、いいかと思っている。
カフェをやると決めてから、なにかと一日が長い。
体感的には、小学生のときと同じくらい長く感じる。楽しいことばかりじゃないけれど、新しいことをやっているせいか長く感じる。
個人事業主にもなったので、会計も自分でやらねばならないし、コーヒーひとつ淹れるにしても、自分で飲むのと、お金をもらって飲んでもらうのとでは気持ちが違う。
世の中の自営業の人たち全てがすごいと思ってしまうし、毎日がめまぐるしい。
稼ぎはトータルで見ると落ちてしまったし、トド夫とのケンカも絶えないけれど、一日終わりに「ふうー」と言いながらお風呂に浸かる瞬間がとても気持ちいい。
頭のなかで悶々とすることなく、お布団に入るとすぐ眠れる。
人生って、こういうことでいいのかも、と思う。