都市と地方のグラデーション
地方出身の私にとって、東京はキラキラしている。
使い古された表現だけど、
そう、東京はキラキラしている。
憧れが詰まっているのだ。
好きな場所はいくつかあるけれど、特に大手町のKITTEが好きだ。大手町はビジネス街だけど、私は休日にわざわざ行く。
おしゃれで、ストーリーがあって、付加価値の分だけ高い商品が並ぶデパート。洗練された、素敵なカップル。彼女の履くカジュアルだけど、質が良さそうな揺れるスカートに目を奪われる。道ゆく人へも、憧れが募る。週末にこんな風に夫と家具を選ぶような、贅沢な暮らしがしたい。
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今日は、東京大学の公開講座に行って来た。隈研吾がアートと建築について講義する。会場にいる200人が、モダニズム建築のコルビジェのことを知っている。地方ではありえない光景だ。コルビジェのロンシャン教会は、伊勢神宮に似ていると言う話題でこんなに盛り上がるだろうか。
東京にいる人は、きっと知らない。
車高が低い車でビュンビュン音を立てて、走る人。キティちゃんのサンダルを履いて、プーマのジャージを着るギャル。ホームセンターのイートインスペースのおしゃべり。
コルビジェなんて知らないし、生産者の思いとか付加価値なんてどうでもいい。街に映画館と美術館なんてない。
だけど、友達の次の子供の名前、車で行ける週末の公園、車高をギリギリまで低くする方法、安全ピンで安全にピアス穴を開ける方法、スーパーで美味しい野菜を選ぶ方法を知っている。
東京の人の方が、いい暮らしかどうか、それはわからない。ゆったりと、友達に囲まれて楽しく生きる地方の暮らしも、それは、きっといい暮らしだ。
それでも、私は東京に暮らしたいと思って地方を出てきた。
私は、自分の感性や知識を愛おしく思うし、
人に価値観を押し付けない環境が好きだ。
自分たちの周りだけの価値基準で生きるのは、勿体無い。もっとたくさんのことを吸収したい。キラキラした多様な洗練された文化に浸りたい。そうして、また、東京で感じた文化を地方に流し込んで行けるような人になりたい。
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文化はどこにでもある
高校生の頃、母親に地元の大学に進学してほしいと言われた。もちろん、それは、金銭的な部分も大きいと思うが、彼女自身の心理的なところもあったと思う。
東京は全く違う場所だという意識。
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当たり前だが、地方にも文化がある。東京と地方では、興味関心が異なる人々、文化が違う人々が暮らすだけだ。東京の方が人が多い分、多様性に富んでいて、洗練されていて、他者に無関心なだけだ。
東京から1時間もあれば隣の県に着く。東京は特別な場所ではない、地方と地続きだ。そして、東京は世界と繋がっている。また、世界は地方と繋がっている。全てはグラデーションであり、ローカルもグローバルもない。そこにあるのはローカルとローカルだと思う。
東京、地方の二元的な話をしなくてすむように、あの頃の自分に教えてあげたい。どちらにもとらわれる必要はないって。
外に出よう。
そして、また戻ってきてもいいのだから。
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