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『ファインダー越しのキミの世界』

僕の見える世界はいつも灰色だった。


決してもとからそうだったわけじゃない


たぶん幼い頃はもっと世界は色づいていて、輝いて見えていたはず。


けれどいつからか僕の世界は退屈になっていて

ただ言われたから毎日起きて、学校へ行き、帰って来て、少しだらけてから寝る。平日はその繰り返しで

休日は、やりたい事も、これと言った趣味もない僕は、どこへ行く事もなく、部屋でただ惰眠を謳歌している



「人間というものは、ほとんど常に感情の色めがねを通して世界を見るもの」


どっかの作家がそう言ってた。


もし、この話が本当なら、今、僕の色眼鏡は拭っても拭えないくらいかなり曇っていて、それを拭えたところできっと退屈な灰色に染まっているだろう


カシャッ


○:何撮ってんだよ、金村


金:なんでって、写真部だから?


金村美玖

同級生で同じ写真部
ほとんどが幽霊部員のこの部活で唯一まともに活動している人間
かく言う僕自身も半分は幽霊部員で、彼女が兼部する吹奏楽部の活動がない時だけ駆り出され、大半が彼女の写真撮影に付き合わされる


○:だとしても、撮るなら僕以外でもいいよね?


金:黄昏れる○○君の横顔は映えるな〜と思って


隣で自前の一眼レフを構える彼女が言う

人を勝手に見世物みたいに言うなよ


○:僕帰る、じゃ


スクールバッグを持って立ち上がる


金:あ、ちょっと!待ってよ!


そんな彼女の声には耳も傾けず僕は先に下駄箱へ向かった


校舎の下駄箱で上履きからスニーカーへ履き替える
そこでさっき置き去りにしてきた彼女が追い付いてきた

金:ちょっと!おいてくなんてヒドイじゃない!


〇:だれも一緒に帰るなんて言ってない


金:でも、あーいうのは一緒に帰ろ?って流れでしょ?!


〇:知るか。そんなの


金:○○君はアオハルというものを知らんのかね?!


〇:知らん、興味ない


金:...だからモテないし、いまだに彼女の一人もできないんだっ


〇:ッ...!うるさいな、せっかく一緒に帰ってあげてもよかったのに
〇:もう僕一人で帰るよ、じゃあね


スニーカーに履き替え終えた僕は歩き出す


金:あ!ちょっと待て~!!


そんな叫びも無視して校舎の玄関から出て駐輪場へ向かう


自転車を駐輪場から出して校門まで押して歩いてると、さっき置いていった人が待ち伏せしていた

それをあえてスルーして自転車に跨り、去ろうとする


金:ちょっと!


○:っと...危ねぇな、なんだよ


金:2回も置いてった上にスルーとかヒドすぎでしょ?!


○:知らないよ、金村が要らんこと言うからでしょ?


金:だって事実でしょ?!


事実だからこそムカつくってことコイツは知らんのか...


〇:はぁ...で、待ち伏せまでして何?


金:今日は一緒に帰るの!


〇:はぁ、わかったよ


しつこい彼女に根負けして一緒に帰ることに


金:ねぇ


〇:なんだよ


金:後ろ乗せてよ


〇:は?やだよ


金:そこは2人乗りで夕暮れの河川敷走るやつでしょ?!


○:少女漫画の見過ぎだろ
○:実際そんなんやってる奴なんかいねーよ


金:あ、それもそっか....


さっきの勢いはどこへやら
一気にしゅんとしてしまう金村
まるで、はしゃいで尻尾振りまくってた子犬が怒られてしょげてるみたい


○:はぁ...ほら、乗れよ


自転車に跨り、声をかける


金:へ...?


○:2人乗りで河川敷走るんでしょ?


金:いいの?


○:金村が言い出したんだろ。早く。置いてくよ。


金:やったっ


彼女が後ろに乗り、握ったハンドルの感覚がその分重くなる


金:それじゃ、お家に向かってしゅっぱーつ!


○:はいはい。


テンションの高い彼女に少しダルさを感じつつ、ペダルを漕ぎ出した


金:○○〜!


○:なに


河川敷に差し掛かったころ後ろから大声で呼ばれる


金:夕陽が綺麗だねぇ!


○:そうだね


金:なんかアオハルって感じする!


○:あぁそうかい


確かに鰯雲に夕陽が照っている空は綺麗かもしれない
だが、僕の心はそこに趣も感動も感じなかった


金:ね!ちょっと止まって!


○:なんでだよ


金:いいから!


○:はいはい


自転車を降りるや否や、カメラを構えて写真を撮り出す


金:うん、いい感じ


○:ほんと、金村は写真撮んの好きだよな


金:だって写真部だし!
金:それに綺麗な景色をフィルムに収めるの楽しいじゃん!


○:へぇ.....


金:あ、そうだ。
金:○○明日暇?


○:明日?....あぁ、ちょっと忙しいかな


金:何か用事?


○:いや、家で一日ゴロゴロすんので忙しい


金:それって暇じゃん?!


○:だったらなんだよ


金:明日一緒に写真撮りに付き合ってよ!


○:そんなの1人で行けよ


金:1人で行くより2人で行った方がいいの撮れるの!
金:○○も写真部でしょ!お願い!


必死に手を合わせて懇願される
そんなにお願いされたのなら仕方がない
折角の休日だけど、まぁたまには付き合ってやってもいいだろう

○:はぁ、わかったよ


金:やったー!


○:ほら、終わったんだったらもう行くよ


金:はーい


また彼女が後ろに乗って、家へとまた自転車を漕ぎ始めた


---翌日---


○:さみぃ...


朝とは言い難いが昼とも言えない時間帯の秋の駅前

待ち合わせはとっくに過ぎていて、もう軽く1時間は待たされている

まだ10月もはじめというのに、この日は11月後半並みの寒さ

それでも休日である今日は出かける家族連れや学生たちで溢れ返っている

それに比べ僕はどうだ

こんな寒空の下で一人それを冷めた目で見ながらポツンとただベンチに座って待ちぼうけを食らっている

生憎の空模様....とはかけ離れた憎たらしいほどの晴れた空が、一人の僕を煽っているようにも思えた


金:おまたせ~!!


声のする方向を見ると制服とはうってかわってオシャレな服を身に纏い、首からは自前の一眼レフを引っ提げて小走りでこちらに駆けてくる彼女の姿。
一眼レフというと少しオシャレには向かない印象だったが、服装との組み合わせに何ら違和感はなく、むしろカメラでさえもそのファッションのコーデじゃないかと思うほどだった。


〇:お待たせ!じゃないよ、どんだけ待たせんのさ


金:女の子は準備に時間がかかるの!


うわっ、みなさん今聞きました?自分のこと棚にあげやがりましたよこの人


○:寒かったんだけど?


一言嫌味のように言ってやる


金:それは...ごめんなさい...


どうやら彼女にも良心の呵責はあったようだ
もうちょっとだけ意地悪してやりたい気持ちはあったが、なんかこれ以上言っても可哀想だし、やめておこう


○:まったく...なんか奢れよな


金:うん...


〇:そんな顔すんなよ、僕が悪いみたいじゃん
〇:で、今日どこ行くの?


金:ん~、とりあえず2か所くらい行きたいんだよね


〇:時間もたくさんあるわけじゃないし、こっから一番遠いとこから行こうか


金:なんで遠いところから?


〇:遠いところから近場にかけていった方が帰る時効率がいいでしょ、だから


金:あ、そっか!さすが○○!


〇:で、一番遠いところは?


金:6駅先のカフェ!


〇:じゃそっから行くか


金:うん!


そこから彼女に振り回される休日が始まった


手始めに6駅先、2つ隣町のカフェで流行りの映えるスイーツとかいうのを撮るついでに食べる


金:ん~...これは確かに写真映えするねぇ


金村は持ってきた一眼レフ...ではなく先ほどからスマホで運ばれてきたパンケーキの写真ばっか撮っている


○:そうか?ただのパンケーキだろ


金:わかってないなぁ、この周りのソースのかかり具合とかこの盛り具合とか全部が映えだよ!


〇:ふーん、なんでもいいけど早くしないと乗ってるアイス溶けんぞ


金:そうだ!美味しいうちに食べなきゃ!!いただきまーす!


パンケーキを口いっぱいに頬張る彼女


金:ん~!おいひいっ!!


〇:口に物入れながら喋んな、行儀悪い


金:んっ...だって美味しいんだもん!


〇:はぁ....って、子どもかよ


彼女の口端についてるクリームを拭ってそれを舐める


金:ッ...!、ちょっ、○○...///


○:ん、何?


金:あ...いや、なんでも....


彼女の頬が少し赤くなっているように見える
ま、気のせいだろう


〇:早く食べてよ、次もあるんだから


金:う、うん....


その後、金村もパンケーキを食べ終えて、お会計を済ませてカフェを後にする


店員:ありがとうございました〜!


○:結構美味しかったなー、で、次どこ行くの?


金:.....


○:おーい、金村〜?


金:へ?!あ!何?!


○:だから、次どこ行くんだって


金:次...あ、次ね!
金:次はここから隣駅の美術館!


○:美術館?絵でも見に行くの?


金:ちょうど写真展やってるの!


○:へぇ...


金:興味なさそうじゃん


○:まぁ、ほんとに興味ないしな


金:写真部のくせに?!


○:写真部のくせにって...お前もそうだろ....


金:ま、いいや、行くよ!


○:はいはい


そうしてまた電車に揺られて美術館へ


金:わぁ...すごい


○:....。


金:ね!○○!


○:ん、何?あとあんま大きい声出さないでよ、ここ美術館


金:あ......○○はどの写真が好き?


○:どれって...どれも一緒でしょ?


僕たちの目の前に並ぶたくさんの写真達
しかし僕にはどれもこれも一緒にしか見えず、感動なんてものは湧いてはこなくて、どれが好き?なんて言われても答えに困るだけだった


金:そんなことないよ

金:あの写真は光のぼやけ具合がすごく淡い感じがするし、あの写真はポートレートで映る花の後ろの水滴がいい感じだし...


○:あーわかったわかった


金:じゃあどの写真が好き?


○:あー、じゃあこれかな


選んだのはただの空の写真
シンプルイズベストってやつ


金:私もそれいいと思った!


○:へぇ....


金:意外と私たち気合うのかも....


○:ん?なんか言った?


金:あ...いや、なんでもないよ!


○:そう?


金:うん!ほら次行くよ〜!


○:あ、ちょっと待てって...


2人でしばらく写真展を回る


金:いやぁ、いい刺激になったね!


○:そう、ならよかったけど


金:いやぁ、私もまだまだだなぁ
金:でさ、一個気になったんだけど


○:ん?


金:○○ってなんで写真部入ったの?


〇:なんで...か...


僕が写真部に入った理由

それは何か心をを揺さぶるものに触れれば、この灰色で退屈な世界も変わると思ったから

しかし悲しいことに、僕にはずば抜けた運動センスもなければ、上手く絵をかくような芸術センスもない

そこでふと部活動一覧を見たとき目に入ったのが写真部

写真なら特段飛び抜けた技術も要らないし、なんせ手軽にできる

そう思ったから写真部に入った

でも実際は、入ったからと言って元々やる気も微塵なかったから、何も変わらなかったし、相変わらず過ごす日々は退屈なままだった


〇:なんとなく。かな


とりあえず適当に返す


金:なんとなくかぁ、暇つぶし的な?


○:ま、そんなとこ

○:で、次は?


金:次はね、ここから2駅行ったとこの公園!


○:公園?


金:うん!ちょうど今紅葉がきれいなの!


〇:へぇ~知らなかったな


金:でしょでしょ!


〇:じゃあ、行くか


金:うん!


次の行き先に向けて、僕らはまた電車に乗り込み、揺られていく


金:わぁ...綺麗だね!


○:おぉ、これはすごいな


目の前には色鮮やかに染まる木々達


○:こんな場所があるなんて知らなかったな


金:ふふーん、すごいでしょ〜


ドヤ顔で語る彼女


○:別に金村はすごくないけどな


金:ッ!うるさいっ!


肩を強めに叩かれる


○:いたっ?!何すんだよ!


金:素直にすごいって言わないから!


○:ったく...なんだよ...


金:よーし、いっぱい撮るぞ〜!


○:はいはい


そうして金村は自前のカメラを構えながら楽しそうに写真を撮っていく


目の前で綺麗に染まる紅葉を見て何か触発されたのか


それとも楽しそうに撮る彼女に触発されたのか


どちらかは分からないが、その状況を目の当たりにした僕もその景色を撮ってみたい。となぜだかそう思い、気づいたらスマホを構え、シャッターを切っていた


金:あ、今撮ったでしょ!


〇:ん?あぁせっかくだしね


金:見せてよ!


〇:やだよ、金村みたいにそんな上手くないし


金:いいからいいから!


〇:ちょっ...!


そういうと金村が僕の手からスマホを奪い取り勝手に操作し始めた


金:うまいじゃん!


○:そうかな?


金:私ほどじゃないけどね!


○:...うるせっ、早く返してよ、スマホ


金村から取られたスマホを奪う


金:あ!送ろうと思ってたのに.....


○:勝手に人のスマホいじくんな


頭に目掛けて軽くチョップを食らわす


金:あてっ...むぅ...


○:後で送っておくから、写真撮るのは終わり?


金:やったっ!
金:ある程度撮り終わったけど...あ!そうだ!


○:?


金:せっかくだから私と紅葉一緒に撮って!


そう言って一眼レフを渡される


○:は?!おいおい僕使った事ないから無理だよ...


金:大丈夫大丈夫!
金:シャッターボタン軽く押したら自動でカメラが合わせてくれるから!
金:それにあとは撮るだけだし!

○:はぁ、仕方ないなぁ....


金:綺麗に撮ってね!


○:はいはい...


慣れないカメラを向こうでポーズを取る彼女に向け、ファインダーを覗き込む


その瞬間彼女に陽が射した


僕はその向こう側の景色に目を奪われ、シャッターも切れずただ見惚れた


カフェで見た見栄えのいいパフェも、美味しそうにパンケーキを頬張ってた笑顔の彼女も、あの写真展の写真達も、全部つまらないものに見えていたはずなのに


借りた一眼レフのファインダーから覗いた彼女の世界はとても綺麗で、まるで沢山の色で溢れているような


そんな気がしたから



金:○○?おーい?


○:あ...な、なに?


金:ぼーっとしてたけど、どうしたの?


○:あ、いや....なんでもない


金:じゃあ早く撮ってよ〜


○:あ...うん...


またカメラを向けて僕はシャッターを切った


その後の事はよく覚えていない

僕の撮った写真が綺麗に撮れてたとか、実は写真撮るのなんじゃないかとか色々言われたら気もするけど、終始うわの空で頭に入って来なかった


家に帰ってきて、金村から褒められたスマホの写真を眺める


○:....僕も始めてみようかな...



----2日後----


金:やっほー!


今日も騒々しく写真部が使っている体の空き教室に金村が入ってくる

○:今日も金村はうるさいな


金:私はいつも元気だからね!って○○それ!


○:あ、これ?父さんが持ってたの貰った


手には少し古い一眼レフ


金:えー!?今まで興味なさそうにしてたのに?!どうしたの?
金:熱でもある?


こいつはデリカシーとか言葉をオブラートに包むとかそういう考えはないのか...


○:うるさいなぁ、僕も始めてみようかなって思った。それだけ


それらしい適当な理由をつけてはぐらかす

言えるわけないだろ

「あの日ファインダー越しの君の世界に目を奪われて感動したから」、なんて


金:ふぅん...


金村がニヤニヤしながら僕を見る


○:な、なんだよ


金:んーん、なんでもなーい


○:なんだよ、その含みのある言い方...


金:ね、それで何か撮った?


○:まだだけど?


金:そっかぁ、じゃ私の事撮ってよ!


○:え、やだ


金:なんで?!


○:金村が最初ってなんか...ねぇ?


金:いいじゃん!私が最初でも!


そう煽ってやると金村が地団駄を踏む


○:あはは、うそうそ、いいよ


金:むぅ...とびっきり綺麗に撮ってくれないと許さないからっ!


○:えぇ...自信ないなぁ...


金:ほら、早く!


○:はいはい


そう言って覗き込んだカメラのファインダー越しの君の世界は、やっぱりとても色鮮やかで

少し、僕の世界も色付いたように思えた

fin



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