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冷たい夜に煙を吐いて

Starring:久保史緒里




これは、ある夜の話。

○:寝れない....

明日は休日。
偶然に久しぶりに彼女と休みが重なった
彼女も忙しい人だから
休みが重なることなんて滅多にない

だからこそ
遠足前の小学生みたく
寝付けないのだろう

ちょっと本でも読めばすぐ眠くなるだろう。
そう思って鞄に入っているお気に入りの小説を取り出そうとすると
一番奥底に冷たく硬い感触に触れる。

〇:こんなところに入ってたのか....
〇:懐かしいなぁ、でもあってよかった

そこにあったのは一つのジッポライター
このライターは祖母からもらった大切なものだった
自分の生まれ年に限定発売されていたそのライターにどこか特別な感情を抱いていたからだ
無くなった時はかなりのショックを受け、部屋をひっくり返すようにして探した
それがこんなところにあるなんて...燈台下暗しとは言ったものである。

〇:せっかくだし、久しぶりに...いいよね?

史緒里と付き合ってからというもの
彼女がそこまで煙草の香りをあまり好まないというのもあり
自らそれを禁じていた。
初めこそは彼女も少しばかり不思議そうにしていて、
「吸っても構わない」と言ってくれてはいたが、
理由を話せば納得していた。
それから同棲を始めてからは一服することは滅多になくなったのだが
今日はどことなく襲ってくる何とも言えない気分に負けてしまって
自らその禁じ手に手を伸ばしてしまった

〇:うぅ....寒い...

ベランダに出てみると、まだ10月も半ばだというのに
冬の香りを漂わせる、そんな空気が流れていた

〇:コーヒーでも淹れるか

そうして一度キッチンへ戻り、いつもより少しだけ熱めのコーヒーを淹れ、またベランダへ
白く湯気の立つそれを傍らに、片手にした禁じたそれに灯りをつける、

初冬特有の冷たい空気とともにそれを一服し
ゆっくりと吐いた白煙を眺める

○:(明日は久しぶりに史緒里と遠出かぁ)
〇:(どこ行こうかなぁ....)
〇:(てか、この匂いちゃんと消さなきゃな)
〇:(起きてきた時怒られそうだし.....)

そんなことを考えながら珈琲を口にする

〇:やっぱり落ち着くなぁ
〇:でもさすがに久々はきちぃや

喫煙者だったとは言え、久々のそれに弱くなっていたらしく
久しく感じたことがなかった浮遊感に少しの懐かしさを感じる
冷たい空気と真夜中の雰囲気がそうさせるのか、今はそれが心地よかった
そんな気分に浸ってると気づけば先ほど火をつけたはずのそれはもう消えかけていた

〇:一本いっちゃったんだし、二本も三本もかわらんか

そうして、次に手を伸ばそうとしたその時

ガラガラガラ...

○:?!し、史緒里?

不意に開いたサッシの音に吃驚する

久:うぅぅ...○○...ここにいたのぉぉ.....

〇:う、うん...なんかちょっと眠れなくて........

○○は先ほどまで灯っていたモノを素早く消し、見えないように隠したが

久:....なんかタバコくさい...
久:もしかして....

ジト目で僕を見つめる史緒里

久:...吸ったでしょ。

少し不機嫌な様子で○○に尋ねる史緒里
匂いが残っている時点で隠し通すのは不可能

○:はい...ごめんなさい...。

あっさりと観念した。
寝起きの悪さと、好まない匂いのダブルパンチでこの後締め上げられる事を覚悟した○○だったが...

ギュッッ

〇:!?

なんと予想外にも史緒里は○○に甘えるように、そして上目遣いで

久:ほんとはね、○○が吸ってるタバコの匂い、やじゃないの...

〇:え...

久:○○のだけだから......

突然のカミングアウトに驚きを隠せない最中
追い打ちをかけるように

久:ねぇ、私にも一本ちょうだい???

予想の斜め上をいく一言にさらに驚きを隠せない

〇:....史緒里、吸ったことないでしょ

若干の戸惑いはありつつもそう問いかけてみる

久:うん、ない。
久:でも、吸ってみたいの
久:私に吸わないって自分で言ったくせに、隠れて吸っちゃうくらいなんでしょ?
久:なんかそこに興味があるの

〇:まぁ...そこまで言うならいいけど
〇:絶対むせちゃうよ?

久:いい。ちょーだい。

少し迷った○○だったが、箱から一本取り出し史緒里に手渡す

〇:火、つけ方わかる?

久:わかんない

〇:じゃあつけてあげる

先ほど渡した煙草に火をつけるため
一度受け取って火をつけ、また史緒里に手渡す

〇:ゆっくり少しだけ吸うんだよ

久:うん、ありがと

そうして史緒里ははじめての煙草に口をつけた

久:ゲホゲホゲホッ!!

〇:あーあー、言わんこっちゃない

やっぱり僕の思った通り史緒里はむせた

久:なにこれ...
久:○○こんなの吸ってたの...

〇:うん、やっぱりあまりいいもんではないよね

久:じゃあ、なんで吸ってるの...

〇:うーん、なんとなく?
〇:僕の周りの大人達はみんな吸ってたからさ
〇:憧れみたいなものかな~
〇:僕も同じことをしたら大人になれると思った

久:なにそれ笑
久:で?実際は?

〇:吸っても大人になんかなれなかったよ

久:ふふっ

〇:なんだよ、笑うなよ

久:いや、なんかおかしくなちゃって

〇:なにが?

久:だって、○○がタバコなんて似合わないんだもん
久:学生だった時はあんなに真面目君だったのに
久:ちょっと不良になったね笑

〇:まぁ、そうだね
〇:ソレ、ちょうだい

史緒里の手にあるまだ火のついていた煙草を受け取ろうとすると

久:...ダーメ

〇:え?

久:私も○○と同じワルい子になる笑

〇:もう、またむせても知らないよ?

久:いいの。
久:○○とおそろいだから

〇:....。

遠くの空を見つめる史緒里の横顔はいつもより儚げだった
そんな顔を横目に僕は新しい煙草に火をつける

〇:ねぇ史緒里

久:何?

〇:明日、どこ行こっか

久:うーん、どこでもいいかな
久:ずっと○○といれるなら

〇:じゃあ久しぶりにドライブでもしながらどこかでゆっくりしよっか

久:うん、そうしよう

静かな夜のベランダを
月の光が二人の姿を照らし
雲一つない夜空に
少しの間、二つの煙がたなびいていた

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