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夏のおもいひでに乗せて





僕はふわふわとした世界の中にいた。


誰にも邪魔されず、自分の都合のいい世界を作れるそんなところに。


...きて...おき...起きて!


「んー....」


誰だよ、邪魔するなよ。

せっかく今気持ちいいんだから


『もう!早く起きろ!』


大きな声がした後に布団を引き剥がされる


びっくりした僕はその声の方を向いた


「もう、なんだよ....って、え...?」


そこにはひとりの女の子がいた


『もう!いつまで寝てるの?!今日お出かけするって約束したじゃん!』


「な、なんでいるの...」


“史緒里”


『なんでって、一緒に住んでるからでしょ?』

「え...でも...史緒里は....」

『もう、寝ぼけてないで早く準備して!』

「え?...あ、うん...」

圧に負けてベッドから出て支度を始める

一通り準備が済むとあれよあれよと言う間に外に駆り出される

「あっつ?!」

『そりゃそうでしょ、夏なんだから』

「そうだけど...」

玄関を出るとその辺にいる蝉たちがうるさく鳴いていて、より暑さに拍車をかける


「こんな中どこ行くんだよ....」

『どこって、この前話したじゃん!』

「え...?」

『むぅ...忘れちゃったんだ...○○のバカ...』

ほっぺが膨らみむくれる史緒里

「あ、えっと...海だ!そうだ、思い出した!!」

苦し紛れに適当に答える

『覚えてるじゃん...意地悪』

どうやら当たりのようだ

….こんな事あったような気が
気のせいか….

「ごめんごめん、ちょっと意地悪したくなちゃって」

ひとまず色んな疑問は横に置いて、軽く謝罪しつつ言い訳をする

『...意地悪した罰として今日ずっと手、繋いでて』

「うん、わかった」

そうして白くて小さな手を取り、握りしめる

『○○が寝坊したせいで遅くなったから早く行こ...』

「うん、そうだね」

そうして2人で海に向かう


最寄駅から数回乗り換えて、ローカル線の電車に揺られてながら目的地に着く

『海だー!』

「そうだね」

『キレイだね!』

「うん、でも史緒里の方がキレイだよ?」

『?!...急にそんな事言わないでよ////』

彼女の白い肌がみるみるうちに紅くなっていく

「本当なんだし、仕方ないじゃん」

『ほんとそういうとこ、ズルい...』

繋いでた手の方を足に当てられる

「ふふっ、ほら、行こう」

『うん』

2人で海岸沿いにあるカフェでお茶をしたり、買い物をしたりする

途中でおしゃれな雰囲気の雑貨屋さんに入った

『ね、せっかくだから何か思い出になるの買おうよ』

「お、いいね」

『んー、でも何がいいかなぁ』

「これなんてどう?」

僕がそれを指さす

『風鈴?』

そこには綺麗な絵が描かれている一つの風鈴

「うん」

『なんで風鈴?普通キーホルダーとかじゃない?』

「まぁそれもいいと思うけどさ、なんかキーホルダーとかだと失くしたら落ち込むじゃん。でも、風鈴だったら、お家に置いとけるし、風鈴の音聞いたら今日の事、ずっと思い出せると思わない?」

『なにそれ...』

「ダメ...だったかな?」

『....それめっちゃいいじゃん!』

「へ?」

『さすが○○だよ!センスあるじゃーん』

「あ、ありがと」

『じゃああれ買おう!』

そう言って風鈴を手に取り、会計を済ませる

『お家帰ったらこれお部屋に飾ろ!』

「うん、そうだね」

『んふふ、どこに飾ろっかなぁ♪』

ルンルンと鼻歌交じらせ、幸せそうに買った袋を抱える彼女

それにつられて自分もふわふわとした感情でいっぱいになる

「そろそろ夕方だね」

『ね!せっかく来たんだし、夕日見て帰ろ!』

「いいね、そうしようか」

2人で砂浜まで歩いて、夕暮れに染まっていく海を眺める

『楽しかったね』

「そうだね」

『○○が寝坊しなければもっとよかったんだけどなぁ』

「ごめん...」

『ね。』

「なに?」と聞こうとして振り向こうとしたところで唇が重なる

『....これで許してあげる!』

「急にどうしたんだよ...」

『一回やって見たかったんだぁ、夕陽が沈む海でこういうの』

そう語る横顔がすごく綺麗に映る

まるで夢を見ているかのような感覚になった

『今、夢みたい。って思ってるでしょ?』

「え?...あ、うん...」

彼女はエスパーか、僕は思考を読まれて驚く

『でもね、』

彼女が少し寂しそうな顔をして真っ直ぐ前を見つめて言った

『夢なんかじゃないよ、だって....』

彼女が何か言いかける

口だけが動いていてそれを聞き取ることはできず、

僕の意識は途切れた

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ピリリリ!ピリリリ!


けたたましくなるスマホのアラームで目が覚める

「うぅ...」

気づいたらカーテンから光が漏れていて、僕は自宅の寝室にいた

「やっぱり...そうだよな....」

やはりそうだった

あの夢は、僕が実際に史緒里と初めて海に行った日の記憶の一部

夏の暑い日だった

でもあんな会話はしていない

なんならその時同棲もしていない

風鈴を買ったのは2人で行った別のアンティークショップ

全部それがその時あったように感じたのはそれが全部夢の中だったから

自分の理想を都合よく創ることが出来る。

そんな世界の中だったから。

あの時、実際はどぎまぎしながら会話も少なかった

正直言ってそのデートは反省だらけで

翌日大学で会った時、「ごめんね」と謝ったら

彼女は「いいよ」って許してくれた。

その後もたくさんデートをして

どんどん付き合いが深くなって

程なくして始めた同棲生活

そこでわかったのは、気が合うと思っていた僕たちは意外と価値観が合わないという事

喧嘩が絶えなかった

そしてある日

その日も暑い夏の日の事だった

史緒里はこの家を飛び出して行った

どうせいつもの事だから帰ってくると思ってたし、
それにその時の僕は意固地になっていて探しにも行かなかった

しかし、史緒里が帰ってくる事はなかった


その代わりに帰ってきたのは、冷たくなった彼女の姿だった

家からさほど離れていない交差点で前方不注意の脇見運転の車に轢かれたのが原因だった

対面した彼女顔はやっぱり白くて、目元は少し腫れているようだった

その横にはいつも仲直りする時よく買っていた
お気に入りのアイスが二人分

もう、ドロドロに溶けていて

それとより一層白くなり生気を発しない顔を見て、僕は酷く嗚咽した







その時から僕の時間は止まったまんま


もうあれからしばらく大学にもまともに行ってない


寝起きそのままで史緒里がいた頃使っていた部屋へ行く


いくら見回したところで彼女はもうそこにはいない



入った彼女の部屋は


あの日のまんま



やっぱり綺麗で、整っていて



でも前入った時よりも幾分か寒くて



吊るされたまんまの、海に行った日に2人で選んで買った風鈴が



流れ込んだ風に揺られて



チリンチリンと淋しげに音を立てた



「もう少し...このままでもいいか...」



今日もその部屋のドアをそっと閉じる


友人や家族からは「早く現実を受け入れて片付けてしまえ」と言われた


でもきっと僕はこの部屋をずっと片付けられずにいるんだろう


片付けてしまったら、もう君の存在が全て消えて無くなってしまうような


そんな気がするから


リビングに戻ると、飾ってあるあの海で撮った2人で撮ったぎこちない笑顔の写真が光に照らされていやに輝いていた

それを見て、僕の中からなんとも言い難いモノが込み上げて来る

この感情が哀しいのか、それともそれとは違うもの中はわからない。
理解したくもない。


随分寒くなった静かな部屋に


彼女の部屋から聞こえてくる風鈴の音と


僕の啜り泣く声だけがただ静かに木霊していた




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