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タンクがないトイレ、「ネオレスト」誕生秘話

本noteはPR TIMES STORYで2023年5月24日に公開した記事の転載です

TOTO株式会社のトイレの最上位シリーズ「ネオレスト」が、2023年4月、発売30周年を迎えました。

洗浄水量を従来の大洗浄13リットルから8リットルへ約4割も削減したことに加えて、住宅用トイレで当たり前だった便器の上の「タンク」をなくし、温水洗浄便座「ウォシュレット[※1]」と便器が一体となった“ローシルエットデザイン”を実現した初代ネオレスト。

※1:「ウォシュレット」は、TOTO株式会社の登録商標です

その開発は、1993年4月の発売から遡ること5年前、「便器でない便器をつくれ」をテーマに始まった「THE BENKI」プロジェクトに端を発します。

デザインとテクノロジーの両面でトイレの“新常識”を生み出し続けてきたネオレストシリーズの原点、初代「ネオレストEX」の誕生秘話を、3人の元開発者に聞きました。

聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 桑原由典


研究所ならではの“発想”で生まれた「新しいトイレ」のコンセプト

ーー1988年4月から始まった「THE BENKI」プロジェクトは、発足間もない「商品研究所[※2]」(神奈川県茅ヶ崎市、以下研究所)で研究が重ねられました。そして約2年かけて、様々な「新技術」を採り入れたネオレストのコンセプトができあがりました。

みなさんは、研究所のコンセプトを商品化するために、1990年5月、北九州市小倉の本社に事業部[※3]を横断して立ち上がった「CEプロジェクト[※4]」から開発に参加されましたが、当時、研究所の「THE BENKI」プロジェクトは、どのように見えていたのでしょうか?

※2 商品研究所:市場構造の変化や技術革新の進展などに対応した、商品の基礎技術の開発、各種素材の研究、ライフスタイルや生活様式の研究とこれに立脚した将来商品の模索を目的に、創立70周年の記念事業として1987年11月、茅ヶ崎工場内に発足したもの

※3 事業部:商品の開発・製造を担当する会社組織。トイレ、水栓金具など、大きな商品カテゴリーごとに事業部がある

※4 CE:TOTOの大便器品番である「C(=Closet)」と、アクアエレクトロニクスを示す「E(=Electronics)」からとったもの

入船 佳津一
1987(昭和62)年4月入社(トイレ器具開発課)
現・技術本部 技術統括部 技術統括グループ

入船:「大便器の世界を全部“THE BENKI”に変える!」という勢いでしたね。住宅用トイレの常識を覆えす「タンクをなくそう!」という発想ひとつとっても、事業部からは出てきません。トイレの固定概念を捨てた新しいチャレンジが、随所に込められていると思いました。

太田 吉喜
1987(昭和62)年4月入社(金具開発課)

太田:研究所は、発想があるだけでなく、科学的なデータを取っていました。そうした科学的なアプローチの仕方が、素晴らしいと思いましたね。

西本 哲生
1989(平成元)年4月入社(衛陶開発課)
現・ウォシュレット生産本部 ウォシュレット開発第三部

西本:当時の事業部での開発アプローチは、疑似汚物[※5]を便器に入れて流してみて、「いいね、流れたね!」というものでした。ところが研究所では、「プロペラ流速計」を使って、便器に流れている水の勢いを、ちゃんと測って評価をしていたんです。「事業部のやり方と、全然違うなぁ」と思いました。

※5 疑似汚物:重たいもの、浮くものなど、様々な便の物性を模した実験用の物質のこと

ーー研究所と事業部では、組織の性格がかなり異なるんですね。「CEプロジェクト」が担った役割は、どういうものなのでしょうか?

入船:簡単に言えば、「THE BENKI」プロジェクトの「発想」を、「商品」として作り込んでいく役割です。

太田:研究所の発想した“シーズ(種)”を現実的な様々な条件を加味して具現化し、商品として世の中に送り出すのが「CEプロジェクト」の役割でした。

入船:トイレ、なかでも便器の商品化にあたり常に直面するのは、便器は“陶器”であるということ。食器と同じ焼き物で、製造過程で約13%も収縮するので、寸法のバラツキがミリ単位で発生します。

研究所の「理想モデル」をもとに、工場での生産からお客様の使用環境までのあらゆる具体的な条件をクリアした「商品」としてつくりこむのが、事業部の開発者の腕の見せ所です。

“見える化”で大きく進化したトラップ

ーー初代ネオレストで、便器に不可欠な「トラップ[※6]」が大きく進化したわけですが、研究所が透明な樹脂でトラップをつくり、内部の流れが観察できるようになったことが、開発手法として画期的だったそうですね。

※6 トラップ:下水管からのニオイなどが室内に入ってくるのを防ぐ「封水(ふうすい)」を溜めるために屈曲した部分。大便器に限らず、キッチン、洗面所、浴室など、一般的な水まわり設備には不可欠な部位

太田:「透明にしただけじゃない?」と思われるかもしれませんが、何が起きているかを観察・分析する、非常に重要な手段です。

入船:当時販売していた「CSシリーズ」という便器は、TOTO初の節水便器でした。1976年の発売以来10年以上にわたるロングセラー商品で、当時もよく売れていました。13リットルの水を使いますが、お客様からのクレームもなく流れているので、衛生陶器の事業部としては、トラップの中での細かな水の挙動を気にすることがありませんでした。

恐る恐る、CSシリーズのトラップを透明にして、流れる様子を観察してみると、空気だらけでしたね……。

ーートラップに空気が入ると、よくないんですか?

入船:トラップ内を水で充満すると「サイホン現象」が発生して水が吸い出され、汚物も一緒に流れていきます。でも、空気が入ってしまうとサイホンの効果が弱くなって、流れていかないんです。

西本:従来の便器は、トラップを急激に曲げたり、内部に突起をつくったりしていました。水の流れを“邪魔する仕掛け”をつくることで、トラップ内を速やかに満水にし、サイホンを発生させようという考え方です。

サイホンが発生するのはいいんですが、トラップは水だけでなく、さまざまな汚物も通過します。流れを邪魔する仕掛けは、節水化の妨げになることに加えて、汚物が引っかかりやすく、最悪の場合は詰まってしまいます。詰まらせないために最適なのは、「正円断面の、まっすぐなパイプ」です。

ーー「サイホンを発生させる」と、「詰まりにくくする」は、トレードオフの関係なんですね。

西本:そうなんです。相反する要求性能をどうやって両立させるか……。研究所の柴田さん(note「節水便器 開発秘話①」参照)たちが、透明トラップを駆使して編み出したのが、「ゆるやかクラウン」と「テラストラップ」でした。

トラップ頂部を「クラウン」と呼んでいるのですが、従来はここをグッと急カーブにすることで「サイホン発生のきっかけ」をつくっていたのですが、曲がりがきつい分、サイホン発生後は汚物排出の抵抗となってしまい、節水化の壁になっていました。

そこで、ジェットノズルからのジェット水流によるジェットポンプ(エジェクター効果)の流量増幅作用(後ほど詳しく説明します)でサイホン発生のきっかけをつくり、クラウンは従来とは反対に「ゆるやか」なカーブにすることで、サイホンによる汚物吸い出し力を大きくし、節水化の実現に目処をつけることができました。トラップを透明にして、しっかり現象を観察したからこその成果です。

もう一つの「テラストラップ」は、効果的に空気を追い出す仕掛けです。透明トラップで観察すると、従来便器の「突起」は、水を散らすことでトラップ内の空気を巻き込み、追い出す効果があることがわかりました。内側に突起を出すと邪魔になるので、逆に、外側に張り出して「テラス」のような段をつくっても、同じ効果があることがわかったんです。

ーー透明トラップによる「見える化」と科学的な考察で、トラップが大幅に進化したんですね。

入船:そのトラップを「衛生陶器」で実現するのは、簡単ではありませんでした。陶器で試作してみると、研究所のプロトタイプ通りの性能が出ないんですね。

例えば、トラップ内径の設計上の寸法は直径55mmですが、陶器は±2mmくらいバラツキます。つまり、57mmバージョン、53mmバージョンの検討も必要になるわけです。

陶器の試作品を、「粘土」をつかって修正しては、疑似汚物を流すを繰り返しました。大幅な修正をするためには、陶器試作をつくり直す必要もあります。陶器で性能がでるトラップが完成したとき、流した疑似汚物は約2トンにも及んでいました

大幅な節水を実現した「シーケンシャルバルブ方式」

ーー初代ネオレストは、従来の大洗浄13リットルから8リットルへ、約4割もの節水を実現しました。大幅な節水化には、トラップの進化だけでなく、水の流し方も進化させたそうですね。

太田:従来便器の水の流し方を徹底的に分析するところから始めました。便器に流す水には、3つの役割があります。①ボウル面の洗浄、②汚物・汚水の排出、③封水の充填、です。

①と③は、「リム」と呼んでいる便器のフチから出す水で行います[※7]。②の排出は、便器の底にあけた「ゼット口」と呼ばれる吐水口から水を噴出することでトラップを水で満たし、サイホンを発生させます[※8]。

※7 現在は、便器上部の1〜2箇所の吐水口から水平方向に渦を巻く水流を出す「トルネード洗浄」に切り替わっています

※8 サイホンを発生させずに排出するタイプの便器もあります。サイホンを発生させる便器でも、ゼット口がないタイプもあります

従来のタンク式の便器では、タンクの底にある栓をあけると、水自体の重みで勢いのついた水流が、便器に一気に流れ込みます。便器の中で2つに水路が分岐しており、リム吐水とゼット吐水が同時に始まります。そのため、サイホンを起こすためのゼット口からの水流に、リムからの水流がぶつかってしまい、エネルギーのロスが発生していたんです。

理想的には、①リムだけから水を出してボウルを洗浄した後、②ゼット口から水を噴出してサイホンで一気に排出し、③最後にリムから封水を給水する、という流し方。つまり、「リム→ゼット→リム」の順番に、タイミングよく、必要な水量を流したい……。

ーーそこで開発されたのが、「シーケンシャルバルブ方式」なんですね。

太田:そうです。電気で制御できる「バルブ」を使い、コンピュータ制御により適切なタイミングで適切な水量をリム側とゼット側に流します

バルブ制御には色々な方式がありますが、当初は「圧電素子」や「比例電磁弁」など、通常は水まわり製品に使わないような技術も含め、様々なシーズを検討しました。最終的には、消費電力や制御性の観点から、「電磁弁」とモーターによるバルブ制御など、信頼性の高い既存技術を組み合わせて、「シーケンシャルバルブ」を実現しています。

「タンクレス」でも、確実に1回で流すために

ーー「シーケンシャルバルブ方式」は、大幅な節水だけでなく、住宅用トイレに当たり前だった「便器の上のタンク」もなくしたわけですが、水道の水の勢いだけで洗浄するためには、どういった苦労があったのでしょうか?

太田:水道の水圧にはバラツキがあります。例えばマンションでは、高層階ほど水圧が低くなりやすかったり、高台にある住宅ほど低くなりやすいなど、住宅ごとにも違いがあります。また、多くの方は経験があると思いますが、お風呂でシャワーを使っているときに、他の誰かがキッチンで洗い物をはじめると、シャワーが弱くなりますよね? トイレでも同じです。

住宅の水圧が実際、どの程度バラツキがあるのか、そんなデータはどこにもありません。そこで、全国の営業拠点の協力を得てTOTO独自で実態調査を行いました。

入船:トイレ単独で流す場合、キッチンとトイレ、風呂とトイレ、キッチンと風呂とトイレの同時使用の4パターンで、戸建て住宅・集合住宅の調査データが集まりました。

太田:調査データをもとに、設置できる水圧条件=0.07MPaを定めました。逆に言えば、条件を満たしてご購入いただいた場合、確実に1回で流れるようにしなければいけません。

ーーキッチンや風呂で水を使っていても、確実にトイレが流れるようにしたわけですね。

太田:そういうことです。シーケンシャルバルブ方式は、「最適なタイミングで、最適な水量を流す」と言いましたが、実際は、変動する水圧に応じて臨機応変に流し方を変えているんですよ。

そのために「圧力センサー」を設置していて、水圧が下がった場合は、メインのバルブを一気に開いて必要な水圧を確保したり、リムとゼット吐水の時間を延長したり……。変動する水圧に応じて水の流し方を調整し、トイレが「流れない」という事態が発生しないよう、念には念を入れました。

西本:水圧が異常に下がったときは、警告ランプが点灯しましたよね?

太田:0.05MPaを下回った場合、点灯させましたね。それでも、0.05MPa程度であれば流せるように、非常時の洗浄パターンもプログラムしました。断水などの異常事態で0.03MPaを下回った場合は、洗浄自体をストップします。

ーー「お客様に迷惑をかけない」という企業姿勢が、初代ネオレストでも、徹底されていたんですね。

太田: どんなにカッコいいトイレでも、流れなかったら、意味がありませんからね。

入船:「流れる」ことが、トイレの最低限の条件です。

ジェットノズルから漏水させない“おまじない”

入船:ネオレスト開発に先立って、従来便器で使っている水流を、研究所の人が詳細に分析してくれました。すると、サイホンを発生させるためのゼット水流として、約60〜80リットル/分の流量をつかっていることがわかりました。

ーーお風呂に溜める水は約200リットル程度と言われていますから、蛇口を全開にして3分程度で溜まる勢い……。そんな大流量は、一般家庭の水道ではあり得ないですよね?

入船:せいぜい、20リットル/分程度です。水流の増幅装置として、従来のトイレは「タンク」を使っていたわけです。水自体の“重さ”で勢いを増して便器に給水するという、シンプルですが合理的な方式ですね。

ーー水道の水流は、サイホンを起こすのに必要な水流の4分の1程度しかありません。初代ネオレストでは、どのように増幅していたのでしょう?

入船:「ジェットポンプ(エジェクター効果)」を使っています。

従来便器では直径約30mmほどのゼット口が開いていましたが、初代ネオレストではPPS(ポリフェニレンスルファイド)という、耐薬品性と強度が非常に優れたエンジニアリング・プラスチック製の「ジェットノズル」を使っています。プラスチックにすることで、穴の直径を7mmと、ギュッと絞ることができました。陶器では、こうした小さな穴を精度よくつくることはできません。

ジェットノズルからジェット水流が勢いよく放出されると、周りにある水が巻き込まれて、約5倍に増幅されます。これが「ジェットポンプ(エジェクター効果)」です。ジェットノズルからの給水が18リットル/分程度でも、約100リットル/分の大流量に増幅されるので、サイホンが発生するんです。

ーー水の力で水を増幅する……。シンプルで面白い技術ですね。

入船:ジェットポンプ自体は以前から知られていた技術[※9]ですが、これを便器に使おうという発想は、研究所ならではですね。

※9 ジェットポンプ(エジェクター効果):フランス人のアンリ・ジファールによって1858年に発明された。現在のTOTOの商品では、パブリック向けの「フラッシュタンク式」やシステムバスルーム「シンラ」の“楽湯”で、ジェットポンプが使われている

ジェットノズルが位置する便器の底には、常に「封水」を溜めておかなければいけません。「便器の底に穴をあけて、プラスチック製ノズルを組み込む」という発想は、事業部からはまず生まれてきません。水まわり商品で最も避けるべきは、“漏水”ですから……。水を溜める便器の底は、「一体の陶器でシームレスにつくっておきたい」と考えるのが事業部です。

西本:陶器は耐水性だけでなく、耐薬品性にも優れている、極めて安定した素材です。だからこそ、便器の掃除には、中性洗剤だけでなく、アルカリ性や酸性の洗剤も市販されています。陶器の便器と同じ感覚で、プラスチック製のジェットノズルも清掃されることを覚悟しなければいけません。

実験場にタライを沢山ならべて、ノズルの耐薬品試験をしていましたよね。ノズルだけでなく、陶器との隙間を止水するためのパッキンも含めて。お客様の使用環境を100%再現することはできないので、「絶対に大丈夫!」という保証は難しくても、できる限りのことはしようと……。

太田:パッキンだけでなく、裏側からシリコンで固めて埋めることまで、しましたよね?

入船:パッキンの止水で、耐薬品性や耐久性含めて充分な性能があることは、膨大な試験で確認できていました。でも、漏水を防ぐためにやれることは全部やろうと……。

西本:石橋を叩いて叩いて、パッキンで大丈夫と確認できても、万が一を考えて、シリコンで埋めたわけですよね。

入船:シリコンは“おまじない”です(笑)。

ーー現在のネオレストでは、樹脂製のジェットノズルは使わず、ゼット口を含めてオール陶器の便器になっています。それを可能にしたのが、初代ネオレストから14年後の2007年に開発された「ハイブリッドエコロジーシステム」なんですね。

太田:ハイブリッドエコロジーシステムは、ネオレストが設置できる水圧条件(0.07MPa)を従来のタンク式と同レベルに緩和した技術です。

便器に内蔵した小さなタンクに水を溜めておいて、電動ポンプで勢いをつけた水流をゼット穴に供給します。サイホンを発生させるために必要な水流をポンプでつくりだせるので、ジェットポンプに頼る必要がなくなったんです。

入船:それまでの14年間は、樹脂製ジェットノズルを陶器に組み込んでいたわけですが、シリコンの“おまじない”もあって、漏水のクレームは1件もありませんでした。そこは胸を張ってもいいのかな、と思います。

フィールドテストで見出した、脱臭を長持ちさせるフィルター

ーー便器の話が続きましたが、初代ネオレストは「ウォシュレット一体形便器」として、新たに「オゾン脱臭」「室内暖房」を追加した、当時のフルスペックなウォシュレット機能が搭載されていました。

なかでも「オゾン脱臭」は、トイレの快適性を飛躍的に高めることに貢献した画期的な機能ですよね。それまでの「消臭芳香」機能とは、何が違うのでしょうか?

西本:消臭芳香は、便器内の空気をウォシュレットに吸い込み、消臭芳香液が入った「消臭芳香カセット」を通過させる際に臭気を中和+マスキングするものです。臭気を弱めて、芳香成分で快適なかおりにして排気します。

一方、オゾン脱臭では、便器内の空気をオゾン発生装置(オゾナイザー)でつくられたオゾンとともに触媒へ吸い込みます。触媒は臭気を吸着し、かつ、オゾンを分解して活性酸素をつくる働きがあります。臭気は酸化分解により無臭化され、ウォシュレットから排気されます。

ーーオゾン脱臭では、オゾンと触媒によって“無臭化”していたんですね。商品化にあたって、どのような点に苦労があったのでしょうか?

西本:主に2点ありました。ひとつは、風量です。臭気が上がって臭わないように便器のなかの空気をウォシュレットに吸い込むということは、おしりの下にある空気を動かすということです。脱臭のためには空気を多く吸いたいわけですが、吸いすぎると、おしりが冷たく感じる風量になってしまいます。そして、音も気になります。

脱臭に必要な吸い込み量と、お尻に不快感をあたえず音も気にならない風量とのバランスを、一生懸命模索しました。実際に座ってもらって、吸い込む風量を徐々に上げていくモニター調査も行ったり……。そうしてたどり着いた最適値が、約0.1立方メートル/分でした。

ーーお尻に不快感を与えずに脱臭するためには、絶妙な風量を探る必要があったんですね。もう1点はなんでしょうか?

西本:オゾン脱臭が実際のトイレ環境できちんと機能するか、妥当性の確認です。

そこで、実際のトイレに試作機を設置してフィールドテストを行いました。今では珍しくありませんが、フィールドテストをすること自体、当時のTOTOではあまり行われていなかったですね。会社のトイレ、社員自宅のトイレ、合計5台で、フィールドテストを実施しました。

ーーフィールドテストをすることで、どんな気づきがあったんですか?

西本:触媒にどんどん、ホコリが溜まることがわかったんです。エアコンにホコリが溜まって目詰まりすると、効きがわるくなりますよね? 「同じことがオゾン脱臭でも起こるのでは?」と懸念されました。

フィールドテストをもとに、ホコリの付着量と吸い込み風量の低下を推定する加速試験を行いました。すると、使用開始2年足らずで臭気が便器から上がってくる風量まで低下してしまうことがわかりました。

そこで、オゾン脱臭装置の前に「フィルター」を設置して、触媒へのホコリの侵入を防ぐことにしました。フィルターの定期的な清掃は必要ですが、触媒自体へのホコリ付着を防止して、脱臭機能を長く使っていただけます。

ーーフィールドテストで実際に使ってみて、あらゆる懸念を洗い出す必要があったんですね。

西本:“便器でない便器をつくれ”をテーマとする「THE BENKI」だからこそ、最高品質でなければいけません。新機能の「オゾン脱臭」でもお客様の期待を裏切らないよう、「万全を尽くそう!」という雰囲気がありましたね。

1996年以降、オゾンは使わず触媒だけで脱臭する方式に変わっていますが、初代ネオレストに搭載した「フィルター」は、現行のネオレストやウォシュレットにも受け継がれています。

「野武士」のリーダーシップ

ーー初代ネオレストの開発には、皆さんを始め、多くの方々が関わったと思います。「THE BENKI」のコンセプトをつくった研究所のメンバーは、「CEプロジェクト」には関わらなかったんですか?

太田:研究所メンバー4人も小倉の本社(北九州市)に来て、一緒に開発していました。

入船:研究所メンバーも加わったことで、研究所と事業部の垣根を超えて、一体化しましたね。どちらも「“THE BENKI”を商品化したい!」という想いが一致していましたから。理論派の研究所、実務派の事業部、それぞれの持ち味を発揮していました。

ーー研究所で新しいシーズを研究した研究者が、事業部に来て商品開発まで実施するという流れが、初代ネオレストから生まれたんですね。

太田:研究所と事業部の連携だけでなく、いろいろな部門をまたいだ連携も必要でした。衛生陶器、水栓金具、ウォシュレット、そして水や電気などの制御を担当する部門……。初代ネオレストは、部門の垣根も超えて誕生した商品の先駆けでしたね。

一方、社内ムーブメントとして先進的だったからこそ、ネガティブな声もありました。

西本:「タンク式のトイレで充分じゃないか!」とか……。

太田:そんな中で将来を見越してプロジェクトを引っ張って頂いた、リーダーの存在は忘れてはならないですね。途中で入れ替わりはありましたが、3人の方々です。

そのうちの2人は、1980年に誕生した初代ウォシュレットの開発メンバーです。もう1人は、同じく1980年に発売開始したTOTOの給湯器(2008年に生産終了)を手掛けてきた方です。

入船:“異質”なリーダーだったからこそ、新しいトイレのジャンルを切り拓こうと、意志の力で押し切ったという感じもありました。

ーー当時のTOTOからすると、“野武士”的なリーダーだったと言えそうですね。

入船:まさに、そんな感じの方々でした。トイレ業界に対しても、社内風土に対しても、新しいことにチャレンジしたこと。それだけでも、初代ネオレストを世に送り出した意味があったと思います。

ネオレスト30年の進化 〜“真の一体形”を工場からお客様へ〜

ーー30年を振り返って、初代ネオレストから「変わらないもの」と「変わったもの」は何でしょうか?

西本: ネオレストで一番進化したと思うのは、TOTO創立100周年の2017年に発売されたフラッグシップモデル、「ネオレストNX」のデザインです。“真の一体形”をめざしたデザイン自体はもちろんですが、大きな変化を感じるのは、ウォシュレットと便器を「工場で一体にして出荷」していることです。

ーー意外ですね。工場で一体にすることが、それほど画期的なんでしょうか?

西本:実は、初代ネオレストでも、便器とウォシュレットを工場で一体にして出荷する検討をしました。その際にベンチマークとした、「ウォシュレットQUEEN」(1987年、以下QUEEN)という先行商品があります。

QUEENは、TOTO初の「ウォシュレット一体形便器」です。QUEENは、タンクレスではなくタンク式で、タンク部分をプラスチックのケースで覆って、そのままウォシュレット部分と一体化させ、全体の一体感を出している商品です。

QUEENは、工場で一体化して1梱包で現場に届ける商品でした。当然ながら重たくなり、水道工事店の方など施工者へ大きな負担をかけていました。

ーー施工性への配慮から、初代ネオレスト以降、「ネオレストNX」が登場するまでは、工場での一体化をしてこなかったんですね。

西本:そうです。現行商品でも、NX以外のネオレストは、衛生陶器の工場でつくった便器と、ウォシュレットの工場でつくったウォシュレットが、設置する現場に別々の梱包で届きます。現場で、まず便器だけを設置していただき、便器の上にウォシュレット部分を載せて一体化していただく、という流れです。

ーー「ネオレストNX」は、現場で一体化することはできなかったんでしょうか?

西本:フラッグシップモデルとして“真の一体形”を追求した結果、工場で一体化しています。なぜなら、焼き物の「衛生陶器」とプラスチック製の「ウォシュレット」で、寸法精度(寸法のバラツキ度合い)が大きく異なるからです。

衛生陶器はミリ単位のバラツキが出てしまいますが、ウォシュレットは0.1ミリ単位のバラツキしかありません。そのため、ネオレストNX以外のあらゆる大便器は、ウォシュレット(便座)と組み合わせる上面が平らにつくられていて、ウォシュレット(便座)を“置いて”います。このスタイルであれば、寸法精度の差がほとんど気になりません。

“真の一体形”をめざしたNXは、ウォシュレットの機能部分を包み込むように、後ろがせり上がった特殊な便器形状となっています。便器内部にウォシュレット部分を入れ込む必要があるため、ウォシュレット側で微調整して、便器の寸法個体差に“合わせ”られるよう、工夫されています。

工場の組み立て現場では、便器とウォシュレットの「フタ」のセンター(中心線)を合わせるため、定規で測って左右が均等になるように調整するなど、細心の注意を払っています。こうした作業を現場で施工者の方に実施いただくのは、現実的ではありません。

ーー“真の一体形”の追求により、工場での一体化に至ったわけですね。その結果、重量は約62kgとなりました。審美性と施工性がトレードオフの関係にあるなか、あえて「審美性」をとったと。 

西本:トイレを使うお客様の立場からすると、メーカーのTOTOも、施工者も、関係ありません。お客様が「高性能で美しいトイレが欲しい」と望まれて、それに見合う「ネオレストNX」ならば、施工者にもご協力いただいて、お客様に届けようと。

ーー1993年の初代ネオレスト以降、「デザインとテクノロジーが融合したトイレ」という新しい価値観を醸成し続けてきたことも、“真の一体形”が誕生した背景にあったんですね。

西本:初代ネオレストの開発当時には乗り越えられなかった壁を、NXで乗り越えたんだと思います。「ああ、ついにやったんだ」と、感慨深いです。

ネオレスト30年の進化 〜流体解析技術は富岳も活用〜

入船:「THE BENKI」プロジェクトからはじまり、「新しい(Neo)トイレ(Rest-room)」と名付けられたことが象徴するように、「最高峰の新しいトイレ」をネオレストで追求し続けるという“こだわり”は、ずっと変わっていません

一方、機能・デザインはもちろんですが、開発技術も、この30年で大きく進化しました。僕らは「力づく」でやり切りましたが……。

太田:3D-CADは当たり前になりましたし、3Dプリンターでの試作も、かなり手軽にできるようになりました。「CAE[※10]技術」の一つ、コンピュータ・シミュレーションによる高精度な流体解析技術は、今では節水便器の開発に欠かせないものになっています。

※10 Computer Aided Engineeringの略。コンピュータによって支援された、製品の設計・製造や工程設計の事前検討等のエンジニアリング作業

ーー初代ネオレストの開発でも、コンピュータ・シミュレーションが使われたそうですね。

西本:私は大学院で流体力学を学んだのですが、当時は大学でも実験による検証が主体で、コンピュータ・シミュレーションでやるという発想は、ほとんどなかったです。TOTOに入社して、研究所でシミュレーションに取り組んでいるのを見て、とても新鮮でしたね。「ここまでやるんだ、凄い!」と思いました。

太田:当然ながら、当時のコンピュータの計算性能や計算ソフトのクオリティは、現在のものとは比較になりません。最初は、「シミュレーション結果は、当たらないな」という声もあったようです。それでも我慢強くやり続けて、流体解析技術をここまで進化させてきた方々には尊敬の念に堪えません。

西本:市販ソフトでは満足する結果が得られないので、2000年頃からは計算ソフトの自社開発に取り組んでいます。今ではスーパーコンピュータ「富岳」を使って自社ソフトを動かし、さらなる技術進化をめざしている……。

当時から衛生陶器の事業部では、便器の試作や洗浄性能試験などのトライ&エラーを繰り返し、目的に向かって愚直にやり続ける粘り強い姿勢がありました。その姿勢が、流体解析技術を進化させてきた技術者たちにも宿っていると思います。

ネオレスト30年の進化 〜お客様視点で無から有を生み続ける〜

西本:初代ネオレストの開発で迷っていたとき、当時のプロジェクトリーダーから「無から有を生む」という言葉で励まされ、何かがヒントになると諦めない姿勢が身につきました。また、その方はその後、「我々はConsumerである!」とも言っていました。今にして思うと、TOTOが大切にする“先人の言葉[※11]”にある、「需要家の満足の追求」と同じことを言われていたのだと思います。

※11 先人の言葉:TOTO初代社長の大倉和親から二代目社長に贈られた書簡

ーー初代ネオレストがまさに、「無から有を生む」で生まれた商品ですね。

入船:「住宅用トイレで、水道直結のタンクレス」という、これまでにないジャンルへのチャレンジでしたからね。

太田:先にお話ししたように、研究所を含めた様々な事業部門だけでなく、物流や販売部門も含めて全社一丸で実現した成果だと思います。

西本:初代ネオレストの開発期間中に、私は衛生陶器の事業部からウォシュレットの事業部に移りました。今では事業部をまたいだ異動も珍しくないですが、ネオレストのような複合的な商品の誕生によって、社内の垣根が低くなっていったと思います。

ーー初代ネオレスト以降も、トルネード洗浄によって掃除のしにくい便器の「フチ」をなくしたり、ノズルや便器の汚れの発生を抑制する「きれい除菌水」など、「お客様視点」で「無から有を生む」技術が、次々と搭載されていきました。

西本:2022年8月に発売された最新のネオレストシリーズの「便座きれい」という機能もそうですね。便座裏に「きれい除菌水」を噴霧するために、最適なミストの粒の大きさやミストの発生方法が研究所で研究され、その研究者が事業部に移って、事業部のメンバーと共に開発し、商品への搭載を実現しました。

太田:研究所と事業部、事業部同士を横断する企業風土もできています。CAEや材料技術など、ものづくり技術は30年前と比べて飛躍的に進化しており、商品開発の精度とスピードの向上に大きく寄与しています。

入船:「ネオレスト」のような新しい発想で、TOTOの若い世代の人たちにチャレンジしてもらいたいですね。

左より入船、太田、西本
TOTOミュージアム 第2展示室
初代ネオレストも展示されている「大便器|洗浄水量」の前で撮影