Ado THE FIRST WORLD TOUR “Wish” 机上レポ・ヨーロッパ編
千秋楽の会場があるアメリカのテキサス州オースティンにて現地時間の4月1日夜、Adoが初の海外ツアー「Wish」を大盛況のうちに完走した。
前回、2月のアジア地域での6公演について、各地のメディアの報道をまとめてみた。どの公演も好評で、曲はあまり知らなかったが熱中したという率直な感想から、一ファンとしても詳細にレポートする記者、おそらく最近の資料を見ずに印象だけで書いているタブロイド紙的なものまで、さまざまであった。
はじめてのライブで、セットリストにある"あの曲"や"あんな曲"を聞くとなると、衝撃の度合いは、日本でライブを見たことのある観客の視点からいっても、想像以上にすさまじいことになっていただろう。当初当惑したORIHARAのツアーのキー・ヴィジュアルには、いまさらながら納得させられる。
ソーシャルメディア・ネットワークはもちろんのこと、感想を興奮気味に話すVlogや、参加者の感想やライブ評をまとめるファンサイト、ツアー開催中の時点で、Crunchyroll-Himeや現地メディアによるインタビュー(音声)、紹介動画も公開されていた。各都市を巡回する「Wish」の広告バスや、キャラクターになりきったファンのコスチューム・プレイも複数見られ、写真を見ているだけでも楽しい。
今回取り上げる中でも『ザ・ガーディアン』紙は、問題意識も文章も尖っているが、話されている内容には、ちょっと感動した。『ル・モンド』紙はフランスのBD(バンド・デシネという絵と物語の表現)文化もあって、漫画文化の文脈にあてはめすぎているきらいはあるようだが、さすがに詳しく解説しているようだ。
Ado THE FIRST WORLD TOUR “Wish”
America and Europe powered by Crunchyroll
その前に、クランチロールって何? カリフォルニアロール? という素朴な疑問。
ソニーグループ傘下のアニメ配信会社で、世界200以上の国・地域で多言語吹き替えや字幕付きの配信サービスを行っている。23年からは音楽関連の配信も開始し、3月の頭には東京で「クランチロール・アニメアワード」も行われた。(国内報道による)
記事の内容については、理解の及ぶ範囲での紹介となります。日付のあるものは原文通りで時差は考慮しておりません。
日本語としてこなれていない表現をそのままにしておいたり、タイトルや語彙をあえて原語や英語のままにしておいた楽曲もあります。気象情報は現地当日の18時から0時までの目安となります。
(その他注釈めいたことは、[ ]内で補足)
“Wish” 7日目・ブリュッセル公演
会場:
Mar 9. – Brussels – ING Arena
チケット:
€ 73(アリーナ・スタンディング) - € 140(VIP)
[完売後は再確認がとりにくいため、価格については正確でない可能性があります。以下同様]
[欧州・米国のチケットは主にticketmasterが取り扱う(高額の手数料などでしばしばニュースに取り上げられている)。アメリカ編では、目の飛び出るようなリセール価格を見ることになるだろう]
現地気象:
13 / 9 ℃ 湿度61%
反響:
[ヨーロッパ初日は1万人が大熱狂し、歓声で地鳴りがしていたという内容を、サポートメンバーの一人森田龍之助(ドラムス)がソーシャルメディアにポスト。Ado自身は、初めての英語でのMCが思うようにいかなかったらしい。トークが途切れて叫んだか、がなったかしたらしい。行く先々で現地の言葉を用い挨拶をしているようで、言葉がうまい、発音がかわいい、といった感想が各地で発せられている]
[録音録画は固く禁止されていたが、少なくない観客がphoneを取り出していたという参加者のレポもある。前方では警備員に止められたともいう]
[さらに後日、スタッフにより、改めて撮影禁止のルールが【Tour "Wish" Reminder】により注意喚起される]
“Wish” 8日目・パリ公演
会場:
Mar 11. – Paris – Zénith Paris – La Villette
チケット:
€ 69.70 - € 84.00
現地気象:
9 / 7 ℃ 湿度88%
記事のタイトル:
Ado, mystérieuse chanteuse japonaise à l’assaut du Zénith de Paris
(lemonde.frより ado-mysterieuse-chanteuse-japonaise-a-l-assaut-du-zenith-de-paris_6221388_3246 2024年3月11日)
Ado―パリ・ゼニス会場に襲来する謎めいた日本人女性歌手
ライター:
Philippe Mesmer (Tokyo, correspondance)
記事の内容(概要):
J-POPのスターは、3月11日(月)にパリの会場で唯一無二のコンサートを開催する。
ワールドツアーでは、マンガの世界に強くインスパイアされたショーを披露する。
黒と紫に領されたマンガ風アバターに姿を秘めるほど、神秘的で、型にはめられない背景を持つ歌手を知るには、よい機会だ。
(後略)
[一般公開されている記事の前半部分では、以下、ボーカロイドと歌い手のやや詳しい説明と、Adoの経歴が紹介されている。後半を読むにはサインインが必要な保護コンテンツ]
[過去記事のリンクも貼られている:
Treize ans après sa création, Hatsune Miku poursuit une carrière qui n’a rien de virtuel
誕生から13年、初音ミクはバーチャルとはかけ離れたキャリアを追求している(2020)]
“Wish” 9日目・ロンドン公演
会場:
Mar 13. – London – Troxy
チケット:
£ 66.41 - £ 129.24(VIP)
現地気象:
11 / 10℃ 湿度84%
記事(1)のタイトル:
Interview
‘I express purely through my songs and silhouette’: Ado, the platinum-selling pop star with a secret identity
(theguardianドットコムより ado-platinum-selling-pop-star-secret-identity-troxy-london 2024年3月11日 16:20 GMT)
インタビュー
「純粋に歌とシルエットで表現する」:秘密のアイデンティティを持つプラチナ・セラーのポップ・スター、Ado
ライター:
Daniel Robson
写真:
クアラルンプールでの公式ライブ写真が1枚紹介されている。クレジットなしのAdoの写真は、ORIHARAによるメインのイメージ・ヴィジュアル。
記事(1)の内容(概要):
[経歴や楽曲紹介については大半を割愛し、主にインタビュー部分を中心に要約]
[「Z世代」という区分については欧米における観点で記述されていると思われる]
母国日本では大成功を収めているが、顔を明かしたことは一度もない。UKでの初公演にあたって、超キャッチーな怒りに満ちた曲と、Z世代への期待についてAdoが語る。
Adoは最近、台北の楽器店を歩いていると、巨大なディスプレイに彼女の最新アルバムが飾られているのを目にした。
「『あのディスプレイを作ったスタッフは、私が今ここにいることを知らないだろう』と思いました。でも、その感覚には慣れました。うれしいものです」
日本のポップシンガーであるAdoは、東アジアとオンラインのスーパースターだ―10枚のプラチナ・セラー・シングルと、Spotifyの月間リスナー数600万人超え。しかしその正体は堅く閉ざされている。写真やビデオに写ることはなく、コンサートではシルエットしか見えない。ビデオインタビュー中、彼女のカメラはオフになっている。会話は弾むしパワフルなライブパフォーマーだが、明らかに内向的なところがある。
初の海外ツアーへ向けて準備を進めている―今月はいよいよUKに来る―彼女が言うには、「私の私生活について誰も何も知らないので、最初は公共の場で自分の声が流れているのを聞いてショックを受けました」
ベッドルームアーティストとして頭角を現した後、2020年、18歳の誕生日を迎える前日にメジャーデビューシングル「Usseewa」をリリースし、現在までにSpotifyで約1億7000万回のストリーミングを記録し、大成功を収めた。曲名は「shut up」を意味し、せっかちなパンクのテンポ、権威にもの申す歌詞、そしてAdoの突き刺すような叫び声が特徴的だ。同調圧力が極端に強い日本では、この曲は神経を逆なでし、Adoは社会に迎合しないZ世代の代弁者というレッテルを貼られた。
「『うっせぇわ』は怒りを歌った曲で、私のように、むきだしの声で女性シンガーが歌うのは、当時は珍しかったと思います」
彼女は曲を書かないが、4オクターブを超える声を使い分け、アニメの声優のような熱意とドラマチックな声域で歌詞に命を吹き込むなど、楽しそうに歌を披露している。
実際、Adoはアーティスト写真の代わりにアニメ風のアバターを使用しており、アニメキャラクターのウタの歌唱を担当もした。
彼女は、[現在]16歳の少女のアニメーションアバターであるバーチャルポップシンガーの初音ミクを引き合いに出す。
その声はテクノロジーによって命を吹き込まれ、ライブバンドと一緒にプロジェクションとして「パフォーマンス」し、ライブ会場で何千人もの観客を熱狂させている。
[「マジカルミライ」などの公演を指す]
「初音ミクのような声を初めて聞いたときは...居心地が悪いというわけではないのですが、普通ではない感じがしました」とAdoは言う。
「あの奇妙さの裏に何があるのか、理解したかったのです。アニメなのか人間なのか、誰が音楽を作ったのか、よくわからなかった。その謎めいた空気に、もっと知りたいと思いました」
ボーカロイド曲のカバーを歌い始め、ソフトウェアの不気味な合成人間の声であっても「ボーカロイドにしか歌えないものがある」ことを知った。
バーチャルシンガーの超高速歌唱やあり得ない声域を、彼女の肉声に合わせてアレンジし直した。
syudouの作詞作曲になる「うっせぇわ」を得てメジャーデビューして以来、彼女はクリエイティブチームを拡大し、自信喪失を克服するための闘いを歌で探求してきた。「ギラギラ」では、“when God drew my face he used his left hand”(「正直言って私の顔は/そう神様が左手で描いたみたい」)と歌うが、後には、審判をしたがる社会に、あえて適合しないことに力を見出す。「I'm a Controversy」[アタシは問題作]で、「問題児」というレッテルを貼られることは、実はプライドの証だと主張している。
彼女は、ビリー・アイリッシュの曲をカバーしてみたいと話しているが、ビリーも自尊心をもち自分をごまかさずに活動を続けて来た。
顔を出さないという決断は、その葛藤と結びついているように見えるかもしれないが、実際はボーカロイドシーンに寄り添い、彼女の芸術性にもっと真正面から焦点を当てるために行われている。
「ライブでは、純粋に曲や照明、シルエットで表現できることが大事です」と彼女は言う。
「海外の観客にも、この新しい文化を楽しんでもらえればうれしいです」
Adoは日本のZ世代を象徴している―ミレニアル世代よりも個人主義的で進歩的なグループであり、終わりのない不況と下がり続ける出生率に立ち向かおうとしている。
「時代が変わってきていると感じます」とAdoは話している。「子どもの頃は未来に希望を持っていましたが、未来になってみると良くも悪くも違っていました。高校生の頃、私はとても不安を感じました。私は幸運にも自分の夢[文脈的には望み、野心という語が合うか。原文はambitions]を叶えることができましたが、日本の多くの若者は自分の望みが何であるかさえ分からないかもしれません。未知の未来は彼らを不安でいっぱいにし、普通の生活の見通しでさえ息苦しく感じます。特にオンラインには毒と情報が溢れすぎています」
「未来では、人々が自分の生きたいように生きる機会が増えることを願っています。私はまだ若いですが、音楽を通して道を照らし、人々に希望を与えたいと思っています」
AIが人々の雇用を奪い、ボーカロイド・シンガーさえ古風に思わせるほどのヴァーチャル・ポップスターを量産しそうに見える中、Adoの言葉には迷いがなかった。
「人間にしかできないことがあるのです」
(“There are some things,” she says, “only a human can do.”)
記事(2)のタイトル:
Live Report
Ado leaves London fans spellbound from the shadows at UK debut
(electricbloomwebzineドットコムより ado-leaves-london-fans-spellbound-from-the-shadows-at-uk-debut 3月27日)
ライブレポート
AdoのUKデビュー、影によりロンドンのファンを魅了
[シルエットの魔法 Ado、UKデビューとなるギグでファンを魅了]
ライター:
Charles Shepherd
写真:
Viola Kam (V’z Twinkle) 4枚
記事(2)の内容(全文):
日本で高い人気を誇る歌い手のサブジャンルから生まれたAdoは、今やマルチ・プラチナ・アーティストとして活躍しているが、世間の目には謎に包まれ続けている。
VOCALOIDの楽曲をネットでカバーすることで知られる歌い手のアーティストは、アニメ風のペルソナの陰に姿を隠すことが多い。これに倣ったAdoはライブ・パフォーマンス中でも匿名性を保ち、ファンたちは彼女のシルエットを垣間見ることができるだけだ。
Adoの音楽の旅は、彼女の形成期にレコーディングソフトウェアを試した自身の寝室から始まった。VOCALOIDのボーカル能力に魅了された彼女は、VOCALOIDの人気曲をカバーして腕を磨き、今日知られるダイナミックなボーカルスタイルを形成した。
18歳の誕生日を迎える直前の2020年にリリースされたブレイクアウト・シングル「Usseewa」(「Shut up」)は、瞬く間に複数のチャートでトップに躍り出て、プラチナ認定を獲得した。人気を確固たるものにしたAdoは、絶賛された長編アニメ映画「ONE PIECE FILM RED」のサウンドトラックに貢献し、「New Genesis」は彼女の若いキャリアのハイライトとして浮上した。
ソールドアウトしたワールドツアー「Wish」の一環として、このたびロンドンでのデビュー公演がおこなわれた。グレードII指定[の歴史的]建造物であるアールデコ調の会場Troxyは、ツアーで最も親密なパフォーマンスの一つの背景となった。
熱心なファンは早い時間から会場の外に列を作り、中にはAdoのペルソナや『ワンピース』のキャラクターのコスプレをした人もいた。会場に入場するや、堂々とした「Ado Box」が目に入った。それは舞台装置としてステージ中央で目を引くだけでなく、彼女の神秘性を保つための厳格なカメラ禁止ポリシーを徹底する上でも重要な役割を果たした。
透明なLEDディスプレイに包まれたAdoボックスは、プライバシーの番人として立っていた。側面に、噂では隠しカメラ付きのものがあり使用されかねないため、双眼鏡を禁止するなど、厳しいルールを参加者に警告する通知が並んでいた。ルールを破った場合、ボックスはAdoのシルエットを隠し、声だけが会場にひびきわたることとなる。
会場の熱気はしびれるほどで、ライトスティックを振り回すファンたちがAdoの到着を心待ちにしていた。観衆は彼女の名前を叫び、「カメラをオフ」と声を合わせることで期待感を強め、途切れることのない体験を確実にした。
Adoがステージに上がると、観客は歓声を上げ、唯一無二の映像と聴覚のスペクタクルの始まりを告げた。多面的な光のショーが会場を包み込み、大きな背景ディスプレイとボックスのグラフィックはシームレスに同期し、視覚的なインパクトにさらなる次元を加えた。
各曲には、すべてのトラックの雰囲気を豊かにするユニークな視覚的な物語があった。元気いっぱいのバンドをバックに、VOCALOIDのインスピレーションのように、調和のとれた高音、ハスキーな低音、攻撃的な叫び声をシームレスに切り替える多彩な声域を披露した。
この夜は、知らない者はいないポップバラードからマッシヴなクラブアンセム、エッジの効いたバリバリのロックからグルーヴィーなスウィングまで、彼女のディスコグラフィーの多様なサウンドスケープにまたがる21曲の容赦ないセットリストで展開された。
2022年のデビューアルバム『狂言』から、大事な曲が散りばめられていた。女性ソロアーティストによるデビュー・スタジオ・アルバムとして10年ぶりに1位を獲得したアルバムだ。さらに、張りきったロック『SPY×FAMILY』のオープニング曲「クラクラ」や、中毒性のあるEDMメガヒット曲「唱」により、Adoの音楽的才能の幅広さがさらに際立った。Adoによる短めのトークと感謝の言葉はノンストップだったパフォーマンスにパーソナルな数分間を加え、一夜は締めくくられた。
彼女は自分の原点を忘れず、松原みきのシティポップの名曲「真夜中のドア~stay with me」のサプライズ・カバーはクラシックへのオマージュであり、黒うさPの「千本桜」の演奏は観客の熱狂に火をつけた。
GigaとTeddyLoidがプロデュースした強烈なクラブ・バンガー「踊」で記念すべき夜を締めくくる前に、Adoはヨーロッパツアーへの感謝の意を表し、初の海外進出の意義を強調した。彼女の別れの言葉は、彼女のファンと歌い手コミュニティ全体への誠実さと感謝に満ちていた。
Adoのロンドンでのデビューは、若い世代からアイコンとして支持されるこの謎めいた異彩のスターへの深い称賛を、見事にかたちにしていた。彼女の魅惑的な歌声は聴衆をうっとりさせ、誰もが魔法にかかったかのように魅了され、彼女の存在に畏敬の念を抱いた。初志を貫徹したAdoの輝かしいパフォーマンスであり、彼女の無限のスキル、多彩なボーカル、比類のない人気を見せつけた。
“Wish” 10日目・デュッセルドルフ公演
会場:
Mar 16. – Düsseldorf – Mitsubishi Electric Halle
チケット:
76.60 EUR - 148.00 EUR (VIP)
現地気象:
9 / 4 ℃ 湿度76%
記事のタイトル:
Ado THE FIRST WORLD TOUR “Wish” – unser Bericht vom Konzert in Düsseldorf
(pattotv.deより ado-the-first-world-tour-wish-unser-bericht-vom-konzert-in-duesseldorf 3月25日)
[アニメやゲームを紹介するサイトPATTOより。ロゴにはカタカナを用いた「パットTV」の文字が見られる。最新のものではなくメジャーデビュー頃のイメージ・ヴィジュアルが使われ、完全にアニメーションとゲーム関連のサムネイルに取り囲まれて(並んで)おり、違和感はないがライブ評として考えると少し不思議]
写真:
Pascal Walther 1枚
Viola Kam (V’z Twinkle) 4枚
ライター:
Pascal Walther
記事の内容(概要):
[レポーターは前置きとして、午後4時過ぎに会場前に着いたときの混雑を「人の海」に例えている。朝6時から並んでいるひとがいると知って、おどろいたという。その後1時間でさらに人が増え、グッズ売り場の列は進まず、VIP用の列と通常席の列が混乱するなど、入場整理に手間取っている様子が長々と書かれている。午後7時過ぎにVIPエントランスも開放され、入場ははかどった。午後8時開演]
[以下は、見出しを含む続きの内容全文]
Ado―顔は見えねどパワフルなパフォーマンス
ホールでは、おそらく想像できる最高の席の1つを手に入れた。スタンドの私の指定座席は、Adoの「ケージ」、いわゆる「Ado Box」の正面だった。よってコンサート全体を通して良好な視界が保証された。スタンディングエリアには、入場前にはあふれかえっていた観客がよい具合にちらばっていた。スタンド席は高い位置にあるため、視界を遮る人はいなかった。
「視認性」はAdoに関してはキーワードとなる。彼女は公演中には決して顔を見せないことで知られている。顔にはさまざまな感情が込められるので、私ははじめは少し懐疑的だった。そんな疑問はしかし、コンサートのはじめの和音で消し飛んだ。
Adoは箱の中の影としてしか見られなかったが、インパクトをそこなうことはなく、それどころかアーティストがはっきりと見える同等のコンサートよりも、さらに強烈な体験ができると感じた。一方では、私はAdoの驚異的な声に完全に集中することができ、他方では、彼女のパフォーマンスは背景の効果的なプロジェクションによって補完されていた。
もちろん、Ado自身は決して見えない存在ではなかった。彼女は活発に体を動かし、時には床に横たわり、ジャンプしたりと、さまざまなダンスステップを披露した。影としてしか見られなかったという事実は、その影響を少しも減じないどころか、その体験は強烈さを増した。
それぞれのアニメのアバターを曲に重ねている自分にさえ気づいた。たとえ表情はわからなくても、Adoの声を聴くこと自体が体験といえるものだった。
歌い手は一人、何人分もの声
Adoの声のジャンルのバリエーションはその多様性において、カバー歌唱をその原点とするボーカロイド音楽を彷彿とさせる。しかし、ここでは多様な音のバリエーションを生み出すのは人間であり、コンピュータープログラムではないため、比較はあまり参考にならない。ショーの過程で、Adoは声色をほぼ完全に変えることに成功した。叫ぶようなデスメタルの声から、80年代の美しいバラードの声まで、すべてがそこにあった。
Adoのボーカルのバリエーションはネットで聴いて知ってはいたものの、ライブでは全く別の話。これはすべての歌手に言えることだが、Adoの場合、デジタル録音とライブパフォーマンスの違いが何倍も大きいと感じた。言葉で説明するのは難しい。ライブでこそ100%ボーカルのすごさが体験できるので、聴くチャンスがあるひとには、ぜひ逃さないようお勧めしたい。
日本とヨーロッパ ―雰囲気の比較
日本のアーティストのコンサートは、それが誰であろうと、この国では常に特別なものだ。これには大きく分けて2つの理由がある。
まず、冒頭で少し触れたように、日本のアーティストの誰もが、日本やアジア以外で知られるようになったわけではないということ。
第二に、ありきたりかも知れないが、言語の壁の問題がある。
日本語は、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国のほとんどの人にとって取っ掛かりがない。アニメやマンガのファンでさえ、この言語を聞いたことがあっても話さないのが通常だ。
デュッセルドルフは例外といえる。多くの日本人が市内に住み、働いている。数え切れないほどの日本のお店や本格的なレストランがある。コンサート中の彼女のコメントが示唆したように、それらはAdoにアピールしたのだろう[(ひさしぶりの)日本食がおいしかった、というMCがあったようだ]。
というわけで、日本との距離が比較的近いことが、コンサート体験にプラスの効果をもたらすかどうか、興味があった。
日本でコンサートによく足を運んだことがある私は、観客が歌詞に合わせて一緒に歌うのがどれほど好きかを知っている。もちろん、ヨーロッパでは言葉の壁があるため、これは想定できない。しかし、多くのヨーロッパの観客が、それでも一貫して良い雰囲気を醸し出していることに私はうれしい驚きを覚えた。中には積極的に歌われる曲もあった。
少なくともいくつかの日本語の単語と、もちろん英語の部分。歌詞もAdoの背後に映し出されることが多かったが、日本語で書かれていたため、おそらくほとんどの人には読めなかっただろう。しかし、Adoが聴衆に語りかけると、彼女の話はすべてドイツ語に正確に翻訳された。背後の大きなスクリーンには「字幕」が流れていた。彼女はドイツ語の文章をわざわざ覚えてくれて、個人的にはとても素敵だと思った。
全体として、100分間のコンサートは、日本の同等のイベントとほぼ同じ雰囲気だった。いずれにせよ、Adoは日本の音楽界で類を見ない驚異的なショーを披露した。
とはいえ、個人的に少し不本意な瞬間があったことはつけ加えざるを得ない。
Adoではなく、観客についてだ。
アンコールになると、観客の反応は思ったようにはいかなかった。日本語の「アンコール」に相当する「Encore」を唱える代わりに、大多数はドイツ語の「Zugabe」を叫びだした。それを聞いたとき、私の心は血を流した。私はドイツ国内でのコンサートとは全く違うものに慣れているので、なおさら[残念]だった。
[日本発のショーなので、日本でのライブ体験と同様であってほしかったということか]
少なくとも私は英語を期待していたのだろう。そして、少し滑稽だと思ったのは私だけではなかった。すぐ隣の席の方も、なぜ聴衆がドイツ語でコールしているのか理解できなかった。しかし、結局、これは計4曲のアンコールを妨げることはなく、私はこれさえなければ完璧な夜であったと言い切れる。
まとめ
デュッセルドルフでのAdoのコンサートは、私にとってほぼ完全にポジティブな経験であり、決して忘れることはないだろう。Adoを生で体験すること自体がハイライトといえる。Adoのコンサートに足を運ぶ機会があれば、絶対お勧めすることができる。
Adoは影としてしか見えなかったが、効果を少しもそこなうことはなく、私の意見では、経験を強めることさえあった。彼女の多面的な声に焦点が当てられていたからだ。匿名性に加えて、これは最大のトレードマークでもある。
日本では「Utaite (Coversänger) 」の曲がバラエティに富むことは珍しくないが、Adoはそれを新たなレベルに引き上げた。デスメタルから80年代のラブソングまで、あらゆるジャンルをマスターしているようだ。もちろん、これは彼女自身の曲にも当てはまり、それは長い間彼女のレパートリーの大部分を占めてきた。
日本国外では、これは間違いなく私が今まで参加した中で最高のコンサートだった。日本では起こらなかったような些細なトラブルはともかく、素晴らしい経験になった。今は、Adoが早くドイツへ帰って来るか、また日本でライブを見られる機会があることを願うばかりだ。