Ado全国ツアー2023「マーズ」 観戦記(1)
1 最も暑い夏
西暦2023年の夏は、「地球沸騰化」の語も聞かれる記録的猛暑となった。
梅雨真っ只中の6月29日、埼玉から始まったAdoのセカンド・ツアーは、北海道から福岡まで地方のホール会場を順次めぐり、8月29日の日本武道館2days公演からキャパシティが1万人を超えるホール・アリーナ公演へと突入した。9月1日、気象庁は「過去126年で最も暑い夏」と発表。その後も連日熱帯夜が続く。
以下は、都合上大阪城ホール公演2日目(9/10)に参加しての感想文が主軸となる。ARENAで観衆はプレイヤーと一緒になって闘う。響きの良さもあって、「観戦記」とする。他会場で体感したことも綜合しているので、もし印象や演出等の記述に当日とのズレがあれば、どうかご容赦を。
2 目が覚めると、そこは火星だった。
ジャズの流れる空調の効いた会場に入ると、明るいブルーに発光するステージ上の立方体と、背景でかすかに黒光りする巨大な円環のセットが目に入る。
ファンの言葉でAdoの「おうち」と呼ばれたこともある大きなボックス= 筺体。前世紀のSF映画『2001年宇宙の旅』に登場する宇宙ステーションと、鉄板型の未知の構造物「モノリス」を連想させる。ただそこにあるだけで異様な存在感がある。同映画に触れはしたが、先に言っておくと本公演に「新人類」は登場しない。
発光する筺体に共鳴するように、ほうぼうの座席で、薔薇を球体に閉じこめた10色可変式のグッズの大型ペンライトが無数に揺れている。
「マーズ」と聞いて以来、どういう運び方にするのかと首をひねっていた。
ORIHARAのキービジュアルがわかりやすく、車掌車のデッキを思わせる柵の中、星空に向けて歌うようなAdoの姿勢に、「銀河鉄道」の旅の続きを想像できる。
今回のツアーではこれまでの衣裳が3点展示されており、「蜃気楼」の細かい装飾が施された丈の長い衣裳には、帽子まであった。青い薔薇の腕章を付けた上衣の輪郭は乗務員をイメージさせる。これまでのライブと「マーズ」の、宇宙の旅を意識した連続性を見て取ることができた。
そして会場には、巨大なRINGと謎のCUBE。
すでに始まっている。異星めいた会場に入ってすぐに、しっくりきた。ここが既に。誰もまだ踏んだことのない場所だ。
蜃気楼の中の停車場から列車に乗った。目が覚めると、そこは火星だった。
(なんてね)
3 ツアー名の由来とイントロダクション
ツアー名についてはAdo自身による解説があり、二つの大きな意味が語られている。
YouTubeのAdoの公式チャンネル、登録者数500万人を記念する配信(2023/6/2)によると、一つは『キャロル&チューズデイ』というアニメーションが大好きで、リアルタイムで見て以来何度もリピートしているとのこと。
歌手を目指し家出して来たチューズデイと、難民キャンプ出身のキャロル。
出自も性格も違ううら若いミュージシャンの卵の二人が出会い、オーディション番組を経てイベント開催やアルバム制作に至る、小さな奇蹟を積み上げていくような話で、人類は火星に移住してアートやヒット曲は9割以上人工知能が作成している近未来の舞台設定だ。
往年の洋楽の名曲が各エピソードの題名になっているのも面白い。Adoと洋楽の接点はこんなところにあった。
火星に関連する作品は無数にある。今回参照するのはこの作品で充分だろう。また、ドラマや映画の主題歌に関して、話が脱線し過ぎてもいけないのでそれらの内容にも深くは踏みこまない。
ツアー名のもう一つの意味はMCで語られるので、そちらで触れることとする。
ー「足りないものを探しに行こう」、とキャロルが言う。
…ジャズがAdoの曲のインストゥルメンタルに変わると、じわっと歓声が起こる。「踊」。次は…「フェイキング・オブ・コメディ」。Remix…「夜のピエロ」の。さらに「うっせぇわ」の…別バージョンか。
音量を増して…。
開幕のSEと映像が始まる。
少し色彩のついたCUBEが中央で回転し、惑星の影が集まって、一定間隔で周囲をめぐり始める。12星座のサインの描かれた帯が、CUBEの周りに道として敷かれ、軌道を描いていた各惑星が位置を定める。人馬宮(サジタリウス)を示すサインの矢印と、円と矢を組み合わせた火星のサインが、どこかで重なるようだ。
大きなツアー名が英語で出て、沸き立つ会場。
4 アクセル、フル・スロットル
警報のような、法螺貝のようなサウンドが響きわたる。真っ赤な照明効果で始まったのは、なんと「踊 Bon-Odo Remix」。アンコール定番曲のリミックス・バージョンであった。舞台フロントに出揃った4名のサポートメンバーが、観客を煽る。
鳥籠のように変じた筺体。その床がゆっくりと迫り上がる。
真紅の背景、鉄格子の籠の中に浮かぶ、かの歌い手の姿。「今宵は今宵は今宵は…」
上昇した中央ステージの持ち上がった面にも演出映像が映るので、フロントに並ぶミュージシャンも多くの時間シルエットとして見える。
「踊」はこれまでのほとんどのライブで、アンコールも含めて最後の曲で、夜へ向かう時間帯と、いっときの別れの曲であった。今日は再会を祝うのに、三味線様のサウンドが加わってお祭り気分を盛り上げる。
一転して明るい舞台になると、「私は最強」の歌い出しと共に、白一色の背後のビジョンの中央からゆっくりと大きな扉が開くように色彩がもれ出て来る。声援に制限のなくなった会場には、一緒に歌う声が絶えない。歓声に、悲鳴や絶叫も入り混じっているよう。
一見したところ、筺体が檻のようにも見えたのは仕方がない。見つめるうちに、格子の幅が広いことや、横にも複数のラインがあることで、鉄の籠か、洋画などで見るクラシックなホテルの古い昇降機(エレベーター)がイメージされる。
Adoはその中で、やはり歌い踊るのだが、ラインが多いことで、シルエットとしても見え方はむしろ厳しくなったのは否めない。ステージを高くしたことと矛盾するようだけれども、敢えてそのようなバランスの「見せ方」にしているとも考えられる。
「見え方」は座席位置にかなり左右されるが、どんなライブもそうだと言えばそうだ。いずれにしても歌を届けるうえで障りはない。
間奏中、逃げた鳥を追うようなパントマイムが入る。
曲の終わり近く、一瞬だけMVのカラフルなライオンが大きく映し出される。
きびきびと動き、調子の良さそうな伸びやかな歌唱の2曲目が終わっても、ドラムがビートを刻む。あまりなかった展開だ。Adoもバンドメンバーも両手を挙げてクラップし、手拍子を促す。
ギターが入って、「FREEDOM」。必ず入って来ると予想していた。ペンライトは波打ち、1,2,3,4のカウントで振り上げられる。「Hey Hey Hey 声上げて WOW」とどこか嬉しそうなAdo。「ウォッオー」と喜色満面で応える観客。どこかでc'mon! と煽られたか?…
8月の野外音楽フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」(DAY2 8/6)では、5万人の観衆を前にヘッドライナーを務め、同曲はアンコールで歌ったらしい。
主な歌詞が下から上へ流れる白と黒のコントラストが強い映像を背に、腕をぐるぐる回して煽るAdoの姿が見えた。髪はお団子に結っているだろうか(不確か)。以降の曲での印象も綜合すると、細身のスーツスタイルっぽいというか、動きやすさ、手足の動きのシルエットとしての見えやすさを考慮した衣裳のようだ。
続くは「阿修羅ちゃん」。飛ばしている。アクセル全開と言って良いだろう。前奏段階から、Adoの右こぶし振り上げに合わせて「Hey,Hey」の一大声援が入ってノリがいい。この(拳と)ペンライトの振り上げと掛け声は多くの曲で繰り返される。
映像作品・円盤(Blu-ray/DVD)になった、さいたまスーパーアリーナ(SSA)での『カムパネルラ』でも同じ振り上げや、腕を振り回す様や、しゃがんで歌う姿が確認できる。これほどの盛り上がりは記憶にないが。当たり前のことながら、実際の声援が入ると雰囲気はがらりと変わる。
メタリックな色調の阿修羅(ちゃん)像の頭部回転映像は、SSAの時の分散したビジョンと違って一面の大型スクリーンだけに迫力が増し、少し怖い。
黒い円環型の巨大ライトスタンドからは会場の隅々まで終始光が放たれる。サビでは手を左右に振るようハンドワイパーを促される。アンダスタン。赤主体のペンライトが調子を合わせて波打つ。
大合唱の起こるライブを好むかどうかという個人的な趣味の話はおいておく。自粛、各種規制という過酷な期間を経たライブ・コンサートを生き物にたとえると、欠けていた器官を取り戻して息を吹き返す現場に立ち会っているようであった。
5 マーズ、それは可能性のある星
ーこんばんは、Adoです。楽しんでますか。
腕を振り上げ、しゃがんで膝を立てたまま歌ったり、上体をのけぞらせて叫ぶパフォーマンスに観客のアドレナリンもすでに全開だった。
丁寧にお礼を述べた後、大阪…少し声が小さくないですか?もっと出せるでしょう?との焚きつけに、喜び勇む大観衆。
ひと呼吸おき、ほとんど光を遠ざけて深海のようになったステージ。肩で息をしながら、皆の視線は一条の光の先に釘付けである。
Adoがツアーのタイトルと、ここまでのライブの経緯について語りかける。
ー「マーズ」はその名の通り「火星」で、人類が次に向かう場所と言われている。それは可能性のある星だということ。
昨年8月11日、『カムパネルラ』でさいたまスーパーアリーナに立つという一番の夢をかなえた後、心に空白ができたと言うか…「喪失感」があった。この先どうして行こうかとの「不安」もある中、初ツアー「蜃気楼」が近づく。そんな時、頭をよぎったことがある。そしてツアーを通して、気づいた。「自分はステージに立つ限り、これからもずっと、理想としていたAdoとして生き続けられる」のだと。観客の皆さんが、そう気づかせてくれた。
「カムパネルラ」は、「夢」と「理想」のステージだった(千秋楽では「夢」と「憧れ」と言われる)。
「蜃気楼」は、夢をかなえた先にある未来。
「マーズ」では、これまで以上のステージとパフォーマンスをお見せするので、ぜひ楽しんでください。
このMCの内容とタイミングは、一回り大きくなったAdoのライブを強く印象づけるものであった。
「ひとりぼっちには飽き飽きなの」と「ウタカタララバイ」が始まる。ボーカルの技巧と遊戯、後ろに跳ね上げる片足、ここぞと入るがなり、もう自由自在。もはや十八番と言っても良いだろう高速のラップに、観客はスウィングしながら拍手を惜しまない。初見で聴いて感嘆する声がもれ聞こえる。
この時はまだ、知らなかった。
これが序章に過ぎないことを。
6 とんでもないセットリスト、予測不可能
これまでのどの曲調とも違う、ライトな感覚の前奏が始まる。
「飾りじゃないのよ涙は」(中森明菜)。
円環の中はゴールドににじむ電球(映像)でいっぱいになる。筺体表面も同調して金色に明滅する。ミラーボールがあるのかと錯覚したのは、満場のペンライトが見事に黄色に染まっていたから。雰囲気は、「昭和」?…
サブスクリプションたけなわの現在、楽曲に新旧はない、と時折耳にする。良いか、そうでないか。自分に合うか、好きかどうか。
ここ数年でも、『井上陽水トリビュート』のアルバムをはじめ、複数の著名アーティストによる同曲のカバーを聴いた。5月の連休前には、中森明菜のデビュー8周年記念ライブの4Kデジタルリマスター版が劇場公開もされていた。
つまり、映像作品同様、年齢に関わりなく名作を楽しめる環境は整っている。それぞれが、それぞれの仕方で享受し、場合によっては記憶をリストアすることになるのだろう。トリビュート・アルバムに参加でもするのか、興味が尽きない。
「教えて…」のウィスパーだけで、会場内に悲鳴が上がる。
「unravel」。
文脈はいくつもあるがすべてを説明することはできない。原作漫画のあるアニメーション『東京喰種トーキョーグール』のオープニング主題歌(TK from 凛として時雨)。
意図せず、ひとを喰らう生命体と一体化してしまった主人公は、自分の中の異物感にもがき、闘い、正しさを問いつつやがて受け入れて覚醒に至るヘビーな物語だ。
歌詞の意味内容に深く潜りこんで取り上げたのは間違いないと想像される。
カレイドスコープのように伸縮する演奏と刺々しい映像のコラージュが交錯し、デスボイスならぬAdoのシャウトが現実を解体させた。絶句。
「ヴィラン」(てにをは)、「ブリキノダンス」(日向電工)とカバー曲が続く。
善悪を問う「グール」から「悪党」どもに捧げる唄へ続くとは、なんとなくにんまりしてしまう。
さすがにダメージはあるだろう、かなり抑えて低めに入る印象を受ける。歌っているひとも多い。アレンジに痺れ、後ほど数曲聴き直した。「ヴィラン」作成者てにをはの、セルフカバーへのリスペクトがあるようだ。
「僕」を一人称とする歌が2曲続いた。
特にここで考えがある訳ではない。ボカロ曲のジェンダー/セクシュアリティ論については、小難しいが鮎川ぱて著『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(2022/7)が参考になる。
で?
余計なことを考えているとよくない。「ブリキノダンス」は早とちりして別の曲と勘違いし、慌てた。モノクロームの、ネジやナットから組み立てられたロボットが行進する映像と共にとにかく凄いスピードで進行する。
声が早くもうるおいを取り戻しているのが信じられない。しかも超絶滑舌、これぞボカロ曲カバーの真骨頂。歌詞は古代インド神話やヒンドゥー教聖典が出て来て難解、復習を要する。
横浜公演の直前に、『Adoの歌ってみたアルバム』の発売予定がアナウンスされた(12/13)。3月のアンケート(公募)に基づくカバー集で、上記4曲も収録曲であると明かされた。
…二度目の参戦ではしっかりタイトルコールを聴いた。ゲーム「プロセカ」に関連した3DMVの動画なども視聴しておいた。「踵を鳴らせ」には、名画『オズの魔法使』(1939)を思い浮かべる。ブリキの木こり達と冒険していた主人公が、魔法の国からわが家へ帰る際の合図に、ルビーの靴の踵を3度鳴らす。ブリキ男はハートを持っていないので求めている。その空洞にひびく神話や宗教とは?
7 客席とキャッチボール。珠玉のパフォーマンス。
カバー4曲に続いて「レディメイド」が歌われる。『カムパネルラ』以来で、ちょっとした懐かしさのようなものも感じる。そのぐらい、『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』や「歌ってみた」を除いても、1stアルバム『狂言』以降けっこうな数の新曲が発表されて来た。EPの1、2枚出ていてもおかしくないぐらいだろう。
この曲でも演出とペンライトは赤が主流だ。
円環の中のトルソー群は衣裳の立体展示のよう。
サビの「どうだい?/後悔?/脳内!/問題!」部分のオーディエンスとのキャッチボール、間奏での声援、これが初めての本格的な声出しライブだとは思えないほど、息が合っている。
「行方知れず」が始まる。『狂言』1曲目の「レディメイド」からの流れで、『狂言』セクションに入るのかと思いきや、そう単純ではなかった。
前回ツアーよりも歪みを増したように聴こえるバンド演奏が広いホール内によく伸びて、ボーカルは風中の柳のように撓う。なよやかな身のこなし、ラストのがなりの入ったロングトーンも含めて、すばらしいパフォーマンスだった。
そのロングトーンに合わせて、白い背景の上から、黒い幕(映像)がスーッと降りて来、下から上がった黒い帯と噛み合いステージを一度閉じる。
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注 記述が長くなるため便宜上ここでページを区切ります。ここまでが第一部という意味ではありません。