高円寺の彼
「いつもどうしてそんなに寝起きがいいの?」
開いていない目で私の胸に顔を埋め、眠そうにしている。
寝てない、なんて言えるわけがない。
”隣にいる時間が愛おしくて、寝るのが勿体無かった"など言えるわけがなかった。
顔がとても好きだった。
背が高く、彼の選ぶもの(服や家具や植物、仕事)も好きだった。
そのくせ才能もあった。
絵を描くのが上手い彼は、大学時代、イギリスに絵の留学をしていたという。
すべてが私好みで、とても可愛かった。
二人で会うのはほとんど彼の高円寺の家だった。
「新しい絵ができたけど見にくる?」
終電間際のそんな誘いに乗らないことはなかった。
「行く!」
これ以外の返事をしたことがない。
彼の描いた絵を誰よりも先に見るのは気分が良かった。
「今回は寝室に飾る絵の依頼で。依頼してきた先輩は、サイが好きで...」
絵をすぐには見せずにまず制作背景から説明した。
色をたくさん使っているにもかかわらず、モノトーンの部屋によく溶け込むインテリアのような絵だった。
彼とはデーティングアプリで知り合った。
初めて会ったのは吉祥寺。もう1年前のことになる。
2つ歳下の彼は、私をちゃん付けで呼んでいた。
私のことをよく褒め、気を遣ってくれた。
寝る時に足を絡めてくるようになったのは最近のことで、
そんな少しの変化が嬉しかった。
布団に潜り込むとすぐに私の髪の毛をかきあげ、現れた唇を塞ぐ。
手を腰に回し体を抱き寄せ、興奮状態で求め合う。
その荒さには若さが溢れ出ていた。
最中にはよく私の名前を呼んだ。
気持ちが高ぶると頭にキスをする癖がある。
彼と一体化する瞬間はとても幸せで、覆い被さられるとその分厚い体に溶けてなくなりそうだった。
果てるときは決まって後ろからわたしを強く抱きしめる。
力尽きて全体重を背中に乗せられると苦しかったが、動けないその時間が愛おしかった。
寝るまでは、再びサイの話をした。
「動物で最強なのって何だと思う?サイかな?私はキリンだと思う」
「なんで?」
「キリンは30分寝るだけで全体力が回復するんだよ!すごくない?しかも立ったまま寝れるんだよ?」
猛獣にも食べられたりしない、という理由で、彼の答えはゾウだった。
そんなくだらない話をしながら眠りにつく。
眠るのが好きな彼がたいてい先に寝息を立て始める。
私はというと、
寝たくても寝れない。
朝は来ないでほしい。
もし来るなら
もう一度抱いてほしい。
そんなことを考えながら、今回も眠れずに朝を迎えた。
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