【短編小説】在宅勤務の効果的な使い方
「課長。web会議は予定どおりですか?」
佐藤健一が水沼課長に尋ねた。
「ああ。10時から始めよう。ところで佐藤さん、今日の打合せはweb会議だったっけ?」
「今日は、麻木さんがテレワークなんです」
「そうだったな。杉沼係長もテレワーク?」
「いえ。係長はお休みです」
「そうか。それならweb会議だな。10分前だからそろそろ用意しておかないとな」
「よろしくお願いします」
そう言ったあと、健一は、社内チャットで麻木舞香にメッセージを送った。
「舞香、web会議は予定どおり10時からだよ」
「ありがとう。そろそろ用意するね。ちょっと設定を変えないと」
麻木は、健一にすぐに返信した。
「設定?何かトラブルあった?」
「トラブルじゃなくて、部屋がちょっとちらかっているから背景をぼかしたいの」
「なるほど。やり方わかる?」
「大丈夫。ネットで検索したらすぐにわかった。ありがとう。健一」
「舞香がテレワークなんて珍しいよな」
「うん。まあね。テレワークって仕事によっては余計に手間かかるから。あまり好きじゃないんだ。だから、今日も本当は出社したかったんだ。健一のそばにいたいしね」
「いつも隣の席にいるから、舞香がいない会社はちょっと変な感じだよ。まあ、明日は出社するんだろ?」
「うん。今日は、部屋のガス点検がくるから仕方ないの」
「点検って何時くらいにくるんだ?」
「昼過ぎだから、仕事には影響ないんだ。でも、部屋にはいないとね。こういうときにテレワークは便利ね」
「そうだよな」
「健一、ちょっといいかなこれから設定するから」
「あ、ごめん。じゃあ、あとで」
健一は、舞香とのチャットを終わらせ、web会議システムを立ち上げた。
「すこし早いけど、打合せやっちちゃおうか。誰か麻木にそう伝えて」
「わかりました」
健一はそう課長に答えながら、舞香にチャットでメッセージを送った。
課長のほか、出勤している課員が次々とweb会議システムを立ち上げた。それぞれのモニターには、舞香と休暇の杉沼係長以外の画像が映っている。
「麻木は手間取っているのか」
「たぶんそうだと思います。背景をぼかす設定をするんだって言ってました。ぼかしの設定をしたら一度ログオフしないと設定が有効にならないんですよ」
水沼課長の声にわずかないら立ちを感じた健一は、舞香をフォローするように言った。
「そうなのか」
「課長。そうなんですよ。少しめんどくさいんです」
「ところで、ぼかす必要あるのか」
「女性の部屋ですよ」
「あ、ああ。そうだな」
「見てほしくない部分もありますよ」
健一は課長席の方向を見ながらそう言った。
「お、映ったぞ」
課長の声に促されるように健一は、自分のモニターに目を戻した。そこにはイヤホンをした舞香が映っていた。
「では。打合せを始めるぞ」
課長がそう言ったとき、舞香の横に人が寄ってきて、後ろから覗き込んだ。
「ん?誰だ・・・?」
課長が打合せの進行を止めて言った。
「麻木。後ろに人がいるようだが」
「え!?なんで?あれ、ぼかしの設定したはずなのに」
混乱した舞香の声が聞こえた。
健一の表情が凍り付いた。
舞香の後ろにいるのは、杉沼係長だった。
(終わり)