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【短編小説】私の先生

「今日の研修に参加されている方は・・・高校の先生が多いようですね。どうでしょう、学校のお仕事で『生成AI』を使うことはありますか?」

杉浦美波は、40名程度の受講生に問いかけた。

美波は25歳。IT系の中堅会社に就職して3年目。普段はシステム開発のプロジェクトの一員として働いている美波だが、今日は自治体の研修講師だ。自治体から講師の派遣依頼を受けた会社が美波を講師に選んだ。

美波からの問いかけに答える受講生はいない。自治体の研修ではありがちな光景だ。

「じゃあ・・・」

美波は、指名する職員を決めるために受講生をざっと見回した。

(誰にするかな・・・。え?)

美波は、ある男性を見た時、思わず声をあげそうになった。

(三上先生・・・)

動揺しているのか次の言葉を発しない美波を、受講生が不安げに見ている。

「あ、ごめんなさい。じゃあ、あなたは仕事で使ってますか?生成AI」

美波は演壇の目の前にいる受講生を指名した。

「私は使っていませんね」

美波は、三上を見つけた動揺をなんとか落ち着かせようとしていたため、回答した受講生の応答が頭の中を素通りしていく。

「三上」は、高校2年生の美波に物理を教えた教師だった。当時、三上は、教師になって3年目の25歳。全体的にシュッとした印象の教師で女子生徒から人気があった。美波は女子生徒の中でも三上にぞっこんで、高校3年生のころ、思い余って、三上に告白した。

美波は、講義を進めながらも、告白した時のことがありありと目の前に浮かんできた。

「三上先生。私、先生のことが好きなんです。でも、先生が立場上私の気持ちに付き合うことはできないのはわかってます。だから、私が学校を卒業まで待ってます。私と付き合ってくれませんか!」

美波は、自分が告った時の状況を思い出し、このまま家に帰りたくなってしまった。しかし、講師を放棄することはできない。

美波の告白に対して、三上は、教師は生徒に手を出したらいけないんだよと言っただけだ。それを思い出すと美波の胸はチクりと痛んだ。

(研修に集中しなきゃ)

なんとか自分で気を取り直した美波は、今日予定されていたカリキュラムに集中し、朝9時から昼12時までの研修を終わらせた。

(三上先生は私のこと覚えてくれてなかったのかな・・・)

美波は、研修の後片付けをしながら、胸の痛みにため息をついた。

「今日の研修。ありがとうございました。これ、今日の研修のアンケートです」

自治体の研修担当が美波に声をかけ、アンケートの束を渡した。美波が依頼していたアンケートだ。

「ありがとうございます。みなさんが満足されていたらいいのですが」

「大丈夫ですよ。ざっとアンケートを見てみましたが、好評でした」

美波は渡されたアンケートをパラパラとめくった。確かに好評のようだ。

「あ、先生、今日の研修生から先生に渡してくれと頼まれたものがあります」

「研修生から?」

「はい。これです」

美波が封筒を受け取ると、研修担当は黙礼してその場から去った。

「なんだろう」

封筒は封がされていなかった。中に便箋のようなものが入っている。美波は便箋を取り出した。そこには手書きで次のように書いてあった。

(杉浦。久しぶり。杉浦の研修を受けるとは思わなかった。しかし、成長したな。高校生のころの杉浦とは別人のようだ。うれしいよ)

「覚えていてくれたんだ・・・」

美波は嬉しそうにつぶやいた。

(そうだ。もしよかったら昼でも食べないか。この建物の入り口で待ってるよ。もう、杉浦と俺は生徒と教師という関係じゃないから、二人で昼めし食べるくらいなら大丈夫だから)

「先生!」

美波は、自分のバッグを急いで肩にかけて小走りで教室の外に向かった。三上が書いた便箋で胸を押さえながら。

(終わり)

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