【短編小説】探偵速水樹ー雨に濡れた殺意ー

私は速水樹。探偵だ。事務所の机から窓の外見る。今日は一日中雨だ。しかし、何もない平穏な1日だった。こんな日が毎日続くことが市民にとっては理想的なことだ。私は失業の危険を伴うことだが。

私は、事務所で、深夜の雨音に耳を傾けながらバーボンを飲っていた。助手の佐藤は事務所のソファで眠っている。佐藤は住み込みで働いているようなものだ。

そろそろ私も別室で眠ろうかと思っていたとき、事務所の電話が夜の静寂を切り裂いた。

受話器を取ると、財界の大物、黒田源三郎からの依頼だった。

「速水くんか。夜遅くにすまないが、屋敷に来てもらえないだろうか」

「どうされましたか」

「どうやら私は命を狙われているようなのだ」

黒田の声は切迫していた。

「わかりました。今から向かいます」

私は電話置き、眠っている佐藤を叩き起こし、車を走らせる。

「黒田さんの家には速水さんと何度も訪れてますが、命を狙われているというのは初めてですね」

佐藤がハンドルを握りながら、速水に話しかけた。

「ああ。あそこの家は広いからな。いろいろとやっかいだな」

「ええ。建物が古い上に防犯対策をあまりやってないですからね」

「そうだな。盗難に入られたことも1回、2回じゃないからな」

「なぜかその度に、速水さん呼ばれましたからね」

「そうだな。佐藤と二人で屋敷の防犯をチェックしまわったこともあるしな」

「ええ。よく覚えてます。そういえば黒田さんの寝室の窓の鍵が壊れてましたよね」

「ああ、そういえばそうだったな」

「しかし、誰が狙っているのですかねぇ」

「あの人は敵ばかりだからな」

車のワイパーが奏でるリズムが今日はやけに気に障る。

「ふぅ」

私は深いため息をついた。

「先生、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。ただ・・・嫌な雨だな・・・」



黒田邸に到着し、執事の田中に案内される。

「お待ちしておりました、速水様。黒田様はあちらの書斎におられます」

書斎で待っていた黒田は、険しい表情で脅迫状を差し出した。

「速水君、これを見てくれ。『雨に濡れた手が罪深いお前の罪を洗い流す』だと・・・」

私は脅迫状を受け取りながら尋ねる。

「ほかに何か異変はありましたか?」

「ああ、数日前から私の寝室窓ガラスに濡れた手形が毎晩のようにつけられているんだ」

「それは外側にですか?」

「ああ、そうだ。写真を田中が撮影している」

「なるほど。それでは、これから調査を行います。黒田さんは、休んでくださって結構です。ただ、執事の方にはお話を伺いたいです」

「わかった。田中、協力してくれ」

「かしこまりました」

私は、執事から脅迫状について話を聞くこととした。雨の中申し訳なかったが、佐藤には、家の周りを確認する念のため屋敷の様子を見回った。

「あー!!」

私が、1階のリビングを調べているときだった。突然2階から悲鳴が聞こえてきた。

駆けつけると、黒田の亡骸が横たわっていた。胸にはナイフのようなものが刺さっていた。窓は開け放たれ、カーテンは雨に濡れていた。

「まさか、脅迫状のとおりに・・・」

駆けつけてきた田中が崩れ落ちた。



警察の捜査が始り、私は現場にいた者として警察から事情を聞かれた。警察の捜査始まった以上、私たちは退散するのが普通だ。しかし、田中によると、黒田は自分に何かあったら、私に調査を依頼するようにと言ってたようだ。このため、私は私で独自の調査を行うこととなった。ちなみに、警察は私が事件に首を突っ込むことを快くは思っていないが、黙認してくれている。

黒田の妻、娘、秘書の3人が警察から事情聴取を受けた。気が進まないが、私も3人から話を聞いた。黒田から協力するように言われているとのことで、嫌な顔一つせず私の質問に答えてくれた。

妻の律子は涙を浮かべながら語る。

「主人は確かに浮気を繰り返していました。でも、殺害するようなことはしません・・・」

娘の真理子は父親との確執を認めた。

「父は私の人生まで支配しようとしたの。でも、この事件とは関係ないわ」

秘書の三田村は動揺した様子で言う。

「社長は厳しい方でしたが、尊敬していました。そんな人を私が殺すことはないです」



予想していたことだが、調査を進めていく中で、黒田の過去の違法行為が明らかになっていった。

関係者で、黒田を恨んでいるという噂があった山岸に話をきいた。

「あなたは、黒田さんを殺したいと言っていたようですね」

山岸は怒りに震える声で言う。

「黒田は私の父を死に追いやった。許せなかった・・・。だから、脅迫状を送った。少しでも父の無念をはらしたかった。でも、殺人はしていない」



関係者から話を聞く中で、黒田が殺される1時間ほど前、黒田の部屋を訪れていた者がいることがわかった。その後ろ姿が秘書の三田村に似ていたという証言であった。

「事件当夜、あなたに似ている者が黒田さんの部屋を訪れていたという証言がありました。これは事実でしょうか」

私は三田村にもう一度話を聞いた。

「私は黒田さんを殺そうと思って部屋に行きました」

三田村は、私が問いかけるとすぐに泣きながら告白した。

「あなたが黒田さんを?」

私は、すんなりと納得することができなかった。

それでも、三田村は泣きながら頷く。三田村の話を信用していいのだろうか、私は半信半疑だった。

三田村から話を聞いたあと、メイドから話を聞いた。すると、新たな証言を得られた。犯行当夜、三田村は外出していたのだ。

「三田村さんは、事件の数時間前に屋敷を出て、帰ってきたのは事件の後でした」

メイドの石川が証言した。なぜ、三田村はやってもいないことをやったと言ったのだろうか。私は、三田村にこの証言をぶつけてみようと思っていた。

しかし、それは永遠に叶わなかった。翌日、三田村は屋敷の自室で首をつった状態で発見されたのだ。

事件の解決がまた遠くなったと思った。また、振り出しに戻るのだ。それでも、私は事件の真相に迫るため、調査を続けなければならない。

「速水さん」

田中から声をかけられた。

「寝室の窓に残されていた手形の写真をお見せしていなかったと思います」

「そういえば、そうでした」

「これです」

田中がスマフォを差し出した。

「うーん。濡れた手を窓に押し付けたように見えなくもないですね・・・」

「黒田様がこれに気がついてから写真を撮るまでに少し時間が経ってましたからね」

「しかし、この窓に手型をつけるというのも、おかしな行動だな」

私は、違和感を口にした。



警察も捜査はやっているようで、殺人現場の状況からすると、外から侵入した者によって黒田が刺殺されたという報道があった。

私は驚いた。あの雨の夜にそんなことができるのは、屋敷の事情に詳しい人物だけだ。

私は佐藤から事情を聞かなければならなかった。



「君は、黒田の部屋に忍び込んだ犯人を見たのではないか?」

佐藤は驚いた表情を見せた。

「見てないです。確かに外にいましたが、真夜中であの雨ですよ。気がつくはずがない」

佐藤はそう否定した。そして語り始めた。

「初めて言いますが、私の父親は、かつて黒田の会社に勤めていました。そして、会社の不正を訴えたが、却って罪を着せられ、自殺に追い込まれたのです。確かに、私は、父の仇を取ろうと思っていました。速水さんの事務所で働き始たのは単なる偶然ですけどね。ただ、速水さんは黒田と仕事で繋がっていることがわかり、幸運に喜びました。そして、何回か黒田邸に行く中で、三田村さんと話をするようになり、彼女と付き合うようになりました。最初は仇討ちに利用するためでしたが、彼女の優しさに触れて、彼女と結婚することを考え始めました。そして、私は仇討ちを諦めたのです。私は彼女に仇討ちのことを話しました。たぶん、彼女は今回の犯人を私だと思ったのだと思います。そして、私のために罪を被ろうとしたんです・・・」

佐藤はそう言って咽び泣き始めた。

「私は、黒田を殺してはいません。ただ、三田村さんのことが残念でなりません」

「そうか・・・」

「速水さん。誰が黒田を殺したのでしょうか」

「君は誰だと思う?」

「速水さんですよね」

(終わり)

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